img1 img1 img1

◆トップページに移動 │ ★目次のページに移動 │ ※文字列検索は Ctrl+Fキー  

通達:病院等における争議行為の正当性の限界について

 

病院等における争議行為の正当性の限界について

昭和37年5月18日労発第71号

(各都道府県知事あて労働省労政局長・厚生省医務局長通知)

 

病院等における労働争議に関しては、その人命の安全に対する関係の重要性にかんがみ、昭和三五年一一月一一日労発第二二九号労働省労政局長通ちよう、同年一一月一八日医発第九三四号厚生省医務局長通ちよう等をもつて、各位に特段の御配意をわずらわすとともに、これらの通ちようにおいて病院等における争議行為の正当性の限界に関する見解をも表明してきたところであるが、なお関係者にその趣旨の徹底を欠くうらみがあり、最近においても、この問題につき、特に労調法第三十六条の規定の解釈との関連において、しばしば疑義の照会に接する状況である。

よつて、この点に関するさらに的確な認識の普及を図るため、あらためて、下記にこの点についての見解を、特に争議行為中においてもその正常な維持、運行を確保すべき施設の範囲という観点にしぼつて明らかにすることとした。

貴職におかれては、この趣旨に十分御留意の上、労働教育行政及び病院等指導行政を通じて労使関係者に周知徹底せしめ、病院等における健全かつ合理的な労使慣行の確立のため格段の御尽力をお願いする。

 

一 争議行為の正当性に関する基本原則

およそ争議行為が、労働者の権利の行使として、刑事上、民事上の免責等をうけるためには、それが正当なものでなければならないことはいうまでもない。しかして、人の生命、身体に対して危害を生ぜしめ、又は具体的危険を生ぜしめる行為は、もとより一般に違法であるが、このような行為は、たとい争議行為として行なわれる場合においても正当でありえず、すなわち、その行為の違法性は阻却されえない。このことは、労働者の争議権そのものの本質、すなわち争議権が憲法において他の諸種の基本的人権と並んで保障され、それ故にまたそれらの諸権利との間の調和を保つて行使されることを期待されていることの当然の帰結である。

二 上記の原則と労調法第三十六条の規定との関連

(1) 労調法第三十六条にいう「安全保持の施設」とは、人命、身体に対する危害予防又は衛生上必要な施設と解せられる。(昭和二二年一〇月二日労発第五七号等)。ここに「施設」とは、単に物的なもの(設備)のみならず、それを動かす人をも含めて、これによつて形成された一定の目的機能を有する客観的な組織制度を意味する。

すなわち工場事業場のうちには、その工場事業場施設の存在ないし業務の遂行から人命、身体に対する危害が発生するおそれのあるものが、かかる工場事業場においては、当然、その管理に当る使用者は、その危害の発生を未然に防止するための施設を設けるべき義務を負うものである。そして具体的事情の下で、これらの施設を正常に維持、運行しなければ、工場事業場施設ないしそこでの業務の遂行から生ずべき人命、身体に対する危害又は危険を、通常、予防しえないと客観的に認められる場合には、これらの施設の正常な維持、運行を確保することが、使用者にとつて義務であり、ひいてはその使用者との労働契約によりその指揮命令の下に当該施設の維持、運行につき労務給付の義務を負う労働者にとつても同様に義務であることは、たとい法令に明文がなくても公序良俗に照し社会通念上当然であるといわなければならない。すなわち、このような場合にこれらの施設が、労調法第三十六条の「安全保持の施設」に該当する。

したがつて、このような義務を負う者がその義務に違反して当該施設の正常な維持、運行を停廃することは、一般に違法であり、ましてそのような施設の正常な維持、運行を積極的に妨害することは、何人が行なつても一般に違法であることは明らかであつて、またこれらの行為は、たとい争議行為としてなされる場合にも、一に述べた基本原則に照し、争議行為としても正当なものではありえず、刑事上の免責等をうけることはできない。

(2) 以上が、労調法第三十六条の法意であるが、同条は、一に述べた争議行為の正当性に関する一般原則の一部を確認したに過ぎないものであつて、およそ人命、身体に対して危害又は具体的危険を生ぜしめる争議行為がありえない以上、いわゆる「安全保持の施設」以外の工場事業場施設であつても、もし具体的事情の下でその正常な維持、運行の停廃から、通常、人命、身体に対する危険を生ずると客観的に認められるならば、その施設も、労調法第三十六条の「安全保持の施設」と同様に、たとい争議行為としてでも停廃を許されないものとなることはいうまでもない。病院及び診療所(以下「病院等」という。)については、特にこの点が重要である。

三 病院等における停廃を許されない施設の範囲

(1) 病院等の特殊性

病院等は、そもそも、傷病により放置すれば生命、身体に影響あるべき患者に対して診療を行ない、その生命、身体を保全することを事業とするものであるから、その点で他の工場事業場と著しく異なる特殊性を有する。

すなわち病院等においても、伝染病その他の患者の収容や手術、助産等の業務の遂行、あるいはボイラー、発電変電設備、放射線装置等の危険な施設の存在に伴い発することあるべき危害ないし危険を予防するための労調法第三十六条所定の施設も少なからず存在するところであるが、病院等においてはむしろその事業そのものの上述の本質からして、かかる「安全保持の施設」以外の施設であつても、その正常な維持、運行の停廃が直接人命、身体に対する危険を生ぜしめることとなる可能性は極めて多く、したがつて、一般に病院等において、労調法第三十六条所定の施設をも含めてたとい争議行為としてでもその正常な維持、運行を停廃し、又はこれを妨げてはならない施設(以下「停廃を許されない施設」と総称する。)の範囲は、当然広汎にわたることが予測される。

(2) 停廃を許されない施設の一般的例示

そこでまず、病院等において、具体的事情の下でこのような施設に該当することとなる可能性が大きいと認められる施設を一般的、抽象的に列挙してみると、概ね別表のとおりであるといえよう。しかしながら、病院等のいかなる施設が停廃を許されない施設に該当するかは、本来、争議行為が行なわれる個々の場合における具体的事情の如何によるのであるから、ここに例示された施設であつても、ある場合の具体的事情の下でその停廃によつて、通常、危険は生じないと客観的に認められるときには停廃を許されない施設に該当しないし、逆にこの例示にもれている施設であつても、その場合の具体的事情によつては停廃を許されない施設に該当することが十分ありうるわけである。

特に、その病院等の性格、すなわち診療の対象としている患者の人数、態様等によつてその範囲に自ら広狭の差を生ずるのであつて、従来しばしば問題となつた精神病院等は、その特殊な性格から、停廃を許されない施設の範囲の判定においても特に慎重な配慮を要することは明らかである。

またそれ故に、かかる施設の範囲は、争議行為中においても固定的なものではありえず、具体的事情の変化――争議期間の長短やその時間的経過等――に応じて変動することも当然である。

(3) 停廃を許されない施設の対象となる患者の範囲及び施設要員の範囲

イ 上述のごとく、別表における一般的例示は、停廃を許されない施設の具体的判定に一応の目安を与えるにとどまるものであるから、結局その判定は、一及び二に述べた争議行為の正当性に関する原則に照らして、個々具体的に行なうほかはない。そこで二に述べた停廃を許されない施設の判定基準を病院等について一層具体化するために、まずその判定基準をその施設の正常な維持、運行を確保する対象とすべき患者の範囲に即して考慮すると、それは、次のようになる。すなわち、病院等の労働者は、病院等が診療契約等により診療を引き受ける患者のうち病院等で診療を行なわなければ、通常、本人の生命、身体に危害又は具体的危険を生ずると客観的に認められるすべての者に対して、その限度で、かかる結果の防止上必要な施設の正常な維持、運行(すなわち、必要な診療その他の業務の遂行)のための労務の給付を停止しえない。何故ならば、病院等の労働者は、労働契約による労務給付義務に随伴して、はじめからかかる施設を維持、運行して、人命、身体に対する危険発生を防止すべき義務を負つているのであつて、労働者の争議行為は、ストライキの場合といえどもこの労働契約ひいては労働者の労務給付義務そのものを消滅せしめるものではなく、また人命の安全の見地から停廃を許されない施設を維持、運行すべき義務違反の違法性は、争議行為として行なわれた場合であつても阻却されえないことは前述のとおりである。まして争議行為は、如何なる意味においても使用者に、患者との診療契約を破棄し、又は新たな締結を拒否しなければならない義務を生ぜしめる効果をもつものではないからである。

ロ 次に病院等における停廃を許されない施設の範囲判定において問題となるのは、その正常な維持、運行に必要な要員の範囲であるが、この点については、かかる施設の正常な維持、運行の対象とされるべき患者の範囲及び態様に即応して、これらの施設の正常な維持、運行(すなわち、人命、身体に対する危害又は危険の発生防止に必要な診療その他の業務の遂行)に要する限度で、具体的に妥当な人員の確保が要請されることとなる。かかる人員は、具体的事業の下で、個別的客観的に判定すべきものである。

ハ 最後に特に注意すべきことは、かかる施設及び要員の最小限度の範囲は、個個の場合にその具体的事業に応じて、客観的に定まるものであつて、本来、労使間の取引きの対象とすべき性質のものではないということである。それ故いわゆる保安協定の目的とするところも、この客観的に定まるべき施設及び要員の範囲について、労使双方が利害打算を離れた人命尊重の共通の見地に立ち、客観的に、実際上の判定を行なうことによりその判断の公正を期するとともに、あわせてこれら要員の争議行為不参加を手続上円滑ならしめることにあり、この意味においてその締結を従来勧奨指導してきたところである。しかして、工場事業場における人命、身体の安全保持に関する義務は、本源的には使用者の負う義務に由来するのであるから、適正な保安協定の締結が困難である場合には、使用者は、この施設及び要員の範囲につき客観的立場から自らの責任においてその判断を明示すべきことも使用者の負う義務に照らし当然である。

 

別表

一 救急診療施設(救急患者に対する診療、検査、看護の用に供する施設)

二 入院診療施設(継続的、定期的に診療を必要とする入院患者に対する診療、検査、看護のための施設)

三 外来診療施設(診療の継続を必要とする外来患者の診療、検査、看護の用に供する施設)

四 手術施設(緊急処置を要する患者に対する手術室、準備室、術後室等手術の用に供する施設)

五 放射線診療施設(エックス線装置使用室等放射線診療の用に供する施設)

六 収容施設(病室、新生児室、陣痛室、分娩室、沐浴室等患者収容の用に供する施設)

七 消毒施設(診療、手術等に必要な消毒の用に供する施設)

八 調剤施設(調剤室等調剤の用に供する施設)

九 給食施設(調理室、食器洗滌消毒室、調乳室、配膳室等患者給食の用に供する施設)

一〇 空気調整施設(空気調整設備等空気調整のための施設)

一一 蒸気供給施設(ボイラー設備等蒸気供給のための施設)

一二 給排水施設(貯水設備、揚水設備等給排水のための施設)

一三 電気供給施設(発電、変電等電気供給のための施設)