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中小企業の実態に即応する労働協約の指導について
昭和35年9月3日労発第181号
(各都道府県知事あて労働省労政局長通知)
労働協約の締結の促進及びその履行の確保については、昭和二十五年労働省発労第二十一号「労働協約の締結促進について」をはじめとして数次にわたる通達に基づき、各位の特段の御協力をえてその指導を願つてきたところである。じらい労働協約は漸次普及しその内容も整備されつつあり、これが労使関係の安定に果してきた役割は極めて大きい。かかる労働協約の一般的な指導については、今後とも引きつづき労政行政の重点として各位の格段の御配意をわずらわしたいと考えているが、中小企業の労使関係には今なお未成熟な点が多く、特に労働者の組織化のための活動の活発化とも関連して労働争議が頻発し、長期にわたる傾向にあり、中小企業における労働争議の予防及び解決の促進を図ることが喫緊の要務である。これについては、昭和三十四年十月十日労発第百三十九号「中小企業労働争議の予防及び解決促進について」をもつてその基本方針を明らかにしたところであるが、労働協約が労使関係の安定をはかる上に果す役割の重要性にかんがみ、中小企業における労使関係が安定し、労使協力による企業の繁栄とこれに基づく労働者の労働条件の一層の向上をはかるため、中小企業の実態に即応し、真にその労使関係の平和と安定とに寄与しうる内容をもつた労働協約について特別の指導を行なうことが必要である。
よつてかかる観点から、今般中小企業の労使に対して(1)労働協約の締結の促進(2)主要労働条件の明記、団体交渉のルールの確立、労働争議の平和的調整手続の整備を中心とする労働協約の内容の適正化(3)労働協約の履行運用の確保について、別紙「中小企業協約実施要領」を定めたので、今後本指導要領に基づき、中小企業における労使関係の安定を図るために行なつている諸施策とも関連せしめて、中小企業における労働協約の普及とこれに基づく労使関係の安定の促進について格段の御配慮をわずらわしたい。
(別紙)
中小企業労働協約指導要領
第一 目的
本指導要領は、最近における中小企業の労使関係の現状にかんがみ、中小企業の実態に即応し、真に労使関係の安定に寄与しうる内容をもつた労働協約の普及をはかるとの観点から、(1)労働協約の締結の促進(2)主要労働条件の明記、団体交渉のルールの確立、労働争議の平和的調整手続の整備を中心とする労働協約の内容の適正化(3)労働協約の履行運用の確保をはかるための指導を行ない、もつて中小企業における労使関係の安定とよき労使慣行の確立に資するものである。
なお、本指導要領は、既に労働協約が締結されていると否とにかかわらず、現に労働組合の組織が存在し、かつ、当該事業場における相当部分の労働者がこれに加入している程度の中小企業を直接の対象として作成したものであるが、その考え方は、労働協約一般についても概ね妥当なものであると考えている。
第二 労働協約の締結促進
1 労働協約の意義
(1) 現行労使関係法は、労働者の団結する権利、団体交渉その他の団体行動をする権利を保障し、労働組合が個個の労働者に代つて使用者と労働条件を決定するための交渉すなわち団体交渉を通じて、労働者の労働条件の維持改善をはかることができることとしている。しこうして、労働組合と使用者との団体交渉によつて労働条件を決定したとしても、その労働条件が使用者の一方的意思によつていつまでも変更されうるものであつては、労働者にとつては折角決定された労働条件の維持ができず、その地位の安定を期し難いこととなる。また一方、労働組合がその労働条件の変更を要求していつでも争議行為を行なうということであつては、使用者にとつて、企業の計画的運営を行なうことが困難となり、団体交渉によつて労働条件を決定したことの意義を著しく減殺せしめることとなる。そこで、団体交渉によつて決定された労働条件に関する合意を書面に作成し、有効期間を定め、その間は、労使双方がこれを守り、争議行為に訴えないこととすることが、労働争議から生ずる労使双方の精力の乱費を防ぎ、労使双方にとつての利益であるし、国家社会にとつても望ましいことである。このような趣旨に基づいてつくられているのが労働協約の制度である。労働組合法が「使用者と労働者との関係を規制する労働協約を締結するため団体交渉をすること及びその手続を助成すること」を目的として、団体交渉及び労働協約に関する一連の規定を設けているものも、このような趣旨に基づくものにほかならない。
(2) 労働協約は、一定期間争議行為から生ずる労使の精力の乱費を防ぎ、労使関係の安定を樹立することを目的とする。労働協約によりその有効期間中労働者は一定の労働条件を維持確保することができ、使用者は争議行為発生のおそれなく企業を運営することが可能となる。この労働協約による労使関係の安定は、企業の繁栄をもたらし、労働者の労働条件のより一層の改善を生みだす基盤を養う、ここに労働協約の意義がある。
2 中小企業の現状からみた労働協約の必要性
(1) 社会的経済的基盤が脆弱な中小企業においては、労使関係の安定をはかることが特に必要であり、このために労働協約を締結する必要が大きい。
中小企業においても、使用者としては、労働組合が、組織されている以上、労働組合と労働条件を決定するための団体交渉を行ない、適正な労働協約の締結を通じて労使関係の安定をはかるという積極的な態度をとることが、企業の合理的運営をはかる所以である。
労働組合としても、中小企業の現状にかんがみ、極力団体交渉により平和的に紛争の解決に務め、労働協約の締結を通じて労働条件の維持改善をはかることが、労働組合の目的を着実に達成するための適切な方法である。
中小企業の労使の間には、具体的問題の生じた都度処理してゆけばよいとか、労働条件は就業規則に定められているから労働協約は特に必要ではないという考え方があるが、無協約下の労使関係は、常に紛争の可能性をはらむものであつて、労働協約なしには労使関係の真の安定をはかることは困難である。
(2) 中小企業においては、労使が団体交渉に未習熟なため、団体交渉が円滑に行なわれず、この点が、中小企業における労使関係の正常化を妨げる当面の障害となつている場合が多い。したがつて中小企業においては、団体交渉の手続に関するルールをつくりあげ、団体交渉によつて労使間の問題を自主的に解決するというよき慣行を確立することが現下の急務である。このためには、団体交渉の手続について労働協約中に詳細に規定することが有効である。
また中小企業において労働争議が頻発し、長期にわたる傾向がみられ、しかも、労働争議中のルールが確立されていないために暴力行為の行なわれることもあり、無用の混乱が生じている事例が少くないが、中小企業においては労働争議が労使双方に甚大な影響を及ぼすものであることにかんがみ、極力労働争議を平和的に処理してゆく慣行を確立し、またやむを得ず争議行為が行なわれる場合においても、一定のルールに従つて行なわれるようにする必要がある。しこうして、このような慣行を確立するためには、労働協約において、労働争議の平和的調整及び争議行為中のルールを規定することが最も適正な方法である。
第三 労働協約内容の適正化
1 主要労働条件の明記
(1) 中小企業における労働協約の締結に当つては、まず当面、当該企業の労使にとつてもつとも切実な重要事項の協約化に重点をおき、漸進的に労働協約内容の整備、充実をはかつてゆくという方法をとることが必要である。
しこうして、労使間において問題となる主要な関心事について協約化するとともに、労働協約の有効期間中はその事項についてはもちろんのこと、その他の事項に関する問題についても平和的な処理をはかるための規定を設けることが、労使関係の安定をはかろうとする労働協約締結の目的に沿う所以である。
(2) 中小企業における労使の最大の関心事は、賃金その他の労働条件である。したがつて、労働協約には、労働条件について具体的に規定することが必要であるが、労働条件を規定するに当つても、中小企業の現状においては最初から労働条件について細大もらさず規定することは困難であるので、当面労使間において紛争の原因になると考えられる当該企業労使の主要関心事、例えば賃金、期末手当の基準、退職金、労働時間、解雇基準等に関する事項を規定することに重点をおくべきである。
しこうして、労働協約の有効期間中は労働協約に規定されていない事項に関する問題については平和的に処理し、漸次労働協約化していくという態度をとることが、労働協約の締結を容易ならしめ、かつその機能を十分に発揮するために望ましい。この場合、労働協約の終期を同一にし、漸次一の労働協約にしていくことを考慮すべきである。労働協約の締結により、その有効期間中は主要労働条件が確保され、労働争議の懸念なく、労使が企業の発展に協力する体制が確立されてこそ企業の繁栄とこれに基づく労働条件の改善が可能となるわけである。
したがつて、当面は、労働協約の有効期間を比較的短期間のものとしても、主要労働条件を明記し、労働協約の有効期間中は、労使間の問題を平和的に処理するための規定を設けることを中心として、協約の成立をはかることが望ましい。
(3) 労働条件の決定に当つては、中小企業のおかれた社会的経済的基盤を無視することはできない。中小企業の現実に立脚しつつ、労使相互の立場を認め、主張すべきは主張し、譲るべきは譲り、条理をつくした団体交渉により労働条件を定めることに心がけるべきである。
(4) 中小企業においても、シヨツプ制、チエツク・オフ、組合員の範囲等の問題が、労働協約締結に際して労使双方の争いの焦点となつている例が少くない。主要労働条件、団体交渉の手続、労働争議の平和的調整に関する規定について労使間の意見が一致し得るにもかかわらずシヨツプ制等に関する問題めぐり労働協約の締結が遅れたり、労働協約が締結されないということは労働協約制度の本旨に反する。
2 団体交渉のルールの確立
(1) 中小企業においては、団体交渉の手続を具体的かつ詳細に労働協約中に規定することによつて団体交渉のルールを確立し、話し合いにより労使間の問題を平和的に処理していくとのよき慣行をつくりあげることが当面の急務である。
従つて
イ 団体交渉開始手続、例えば、一定日前に交渉日時、議題、場所等についての打合せを行なうことに関する規定
ロ 交渉担当者、例えば、人数、資格等に関する規定
ハ 交渉時間、交渉場所、例えば、交渉は就業時間外に行なうとか、夜間は何時ごろに打ち切るか、交渉は事業場内において行なうか、事業場外において行なうか等に関する規定
ニ 交渉対象事項
ホ 会議運営方法
ヘ その他団体交渉に際し守られるべき事項
などについて詳細に規定し、団体交渉が円滑に進められるようにすることが必要である。
(2) 中小企業においては、上部団体の役職員等の団体交渉参加をめぐつて紛議を生じている事例が多い。団体交渉を第三者に委任することができる旨の規定を設けるかどうかは、当事者の自由であるが、団体交渉に当る者は、当該企業の実態とその労使関係の実情に精通し、かつ責任をもつて解決に当ることのできる者であることが望ましい。
3 労働争議の平和的調整
(1) 労働協約の有効期間中は、労使とも労働協約に規定された条項の改廃を目的として争議行為を行なわないことは、明文の規定の有無にかかわらず当事者の当然の義務であるが、労働協約の平和性を確認し合うために労働協約中に相対的平和義務を明記しておくことが望ましい。
(2) 労働争議が労使の自主交渉により平和的に解決されることが望ましいことはいうまでもなく、特に中小企業においては労働争議の労使に与える影響は大きく、争議行為に訴えて紛争の解決をはかることは、労使双方に少なからぬ損失をもたらす。労働協約は、一定期間の労使関係の安定を確保することを目的とするものであるから、労働協約の有効期間中は労使が常に労働争議の予防に努めるとともに、労働協約に規定されていない事項をめぐる紛争についても、できる限り平和的に解決することが労働協約締結の目的に沿う所以である。
したがつて、労働争議の平和的調整をはかるため、これらの問題について団体交渉によつて解決できない事態が生じた場合には、ただちに争議行為に訴えることなく必ず労働委員会などの公正な第三者のあっ旋、調停に付し、これによつて平和的解決を図る旨の規定を設けることが必要である。
また、あっ旋、調停の進行中は、争議行為に訴えるべきものではなく、この間は、争議行為を行なわない旨の規定を設けるべきである。
なお、これらの手続により解決のための努力を尽してもなお妥結に至らない場合には、労働委員会などの仲裁により最終的に労働争議の解決をはかる旨の規定を設けることが望ましい。
(3) やむをえず労使が争議行為を行なう場合においても、争議行為の長期化と争議行為中の混乱を防止するため争議行為中のルールをあらかじめ労働協約中に規定しておくことが必要である。
このため
イ 争議行為中の団体交渉手続、例えば争議行為が行なわれている場合においても団体交渉を行なわない早期解決に努める旨の規定
ロ 争議行為中のあっ旋、調停の申請、例えば争議行為が行なわれている場合においても当事者の一方からあつ旋、調停を申請することができる旨の規定
ハ 抜打的な争議行為の開始による混乱を防ぐための争議行為の予告手続に関する規定
ニ 争議行為中の生産施設の保全あるいは混乱防止のために必要な争議行為不参加者の範囲に関する規定
ホ 争議行為中の施設の使用範囲に関する規定
等が通常定められるべきであろう。
第四 労働協約の履行運用の確保
1 労働協約は、労使双方がこれを誠実に履行することによつてはじめてその機能を発揮するものである。また労働協約を誠実に履行し、適切に運用する努力の中から労働協約を改善するための糸口が開かれる。このため、労働協約の締結を促進することの必要性とともに労働協約を積極的に履行運用していく熱意を醸成することが肝要である。
また、労働協約を労使双方が誠実に履行するためには、まず労働協約の内容を労使関係者のすべてに対し周知徹底することが必要である。特に労働組合は、労働協約の誠実な履行をはかるため、労働協約書の写を組合員全員に配布し、協約によつて保障された権利とそれに伴う義務を組合員に周知徹底させるように努めることが必要である。
2 労働協約の積極的な履行運用をはかるためには、労働協約の解釈運用その他労働者の日常の苦情を簡易迅速かつ平和的に処理するための苦情処理に関する手続、方法を規定し、これの積極的活用を図るべきである。この場合特に中小企業の実情に即した簡潔な仕組みとすることが必要である。苦情処理について労使の意見が一致しない場合には、最終的に公正な第三者の仲裁によつて解決することが労働協約の平和性を維持する所以である。
3 労働協約は、労働者の労働条件の確保をはかると同時に企業の平和を保障するものである。労働協約の基礎の上に使用者は、労働者の積極的協力が得られるよう経営上の諸問題や経営の実情について労働者に周知せしめ、労働者との意思疎通に努める配慮をする一方、労働者も労働協約の有効期間中は、生産の向上に積極的に協力していくことが労働協約の平和性を一層高め、企業の繁栄と労働条件の改善を生み出す基盤をつくる所以である。