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心理的負荷による精神障害の認定基準について
令和5年9月1日基発0901第2号
(都道府県労働局長あて厚生労働省労働基準局長通知)
心理的負荷による精神障害の労災請求事案については、平成23年12月26日付け基発1226第1号「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(以下「平成23年通達」という。)に基づき業務上外の判断を行ってきたところであるが、今般、「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会報告書(令和5年7月)」を踏まえ、別添の認定基準を新たに定めたので、今後の取扱いに遺漏なきを期されたい。
なお、本通達の施行に伴い、平成23年通達は廃止する。
別添
心理的負荷による精神障害の認定基準
第1 対象疾病
本認定基準で対象とする疾病(以下「対象疾病」という。)は、疾病及び関連保健問題の国際統計分類第10回改訂版(以下「ICD-10」という。)第Ⅴ章「精神及び行動の障害」に分類される精神障害であって、器質性のもの及び有害物質に起因するものを除く。
対象疾病のうち業務に関連して発病する可能性のある精神障害は、主としてICD-10のF2からF4に分類される精神障害である。
なお、器質性の精神障害及び有害物質に起因する精神障害(ICD-10のF0及びF1に分類されるもの)については、頭部外傷、脳血管障害、中枢神経変性疾患等の器質性脳疾患に付随する疾病や化学物質による疾病等として認められるか否かを個別に判断する。
また、心身症は、本認定基準における精神障害には含まれない。
第2 認定要件
次の1、2及び3のいずれの要件も満たす対象疾病は、労働基準法施行規則別表第1の2第9号に該当する業務上の疾病として取り扱う。
1 対象疾病を発病していること。
2 対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること。
3 業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと。
また、要件を満たす対象疾病に併発した疾病については、対象疾病に付随する疾病として認められるか否かを個別に判断し、これが認められる場合には当該対象疾病と一体のものとして、労働基準法施行規則別表第1の2第9号に該当する業務上の疾病として取り扱う。
第3 認定要件に関する基本的な考え方
対象疾病の発病に至る原因の考え方は、環境由来の心理的負荷(ストレス)と、個体側の反応性、脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まり、心理的負荷が非常に強ければ、個体側の脆弱性が小さくても精神的破綻が起こり、脆弱性が大きければ、心理的負荷が小さくても破綻が生ずるとする「ストレス-脆弱性理論」に依拠している。
このため、心理的負荷による精神障害の業務起因性を判断する要件としては、対象疾病が発病しており、当該対象疾病の発病の前おおむね6か月の間に業務による強い心理的負荷が認められることを掲げている。
さらに、これらの要件が認められた場合であっても、明らかに業務以外の心理的負荷や個体側要因によって発病したと認められる場合には、業務起因性が否定されるため、認定要件を前記第2のとおり定めた。
第4 認定要件の具体的判断
1 発病等の判断
(1) 発病の有無等
対象疾病の発病の有無及び疾患名は、「ICD-10精神及び行動の障害臨床記述と診断ガイドライン」(以下「診断ガイドライン」という。)に基づき、主治医の意見書や診療録等の関係資料、請求人や関係者からの聴取内容、その他の情報から得られた認定事実により、医学的に判断する。
自殺に精神障害が関与している場合は多いことを踏まえ、治療歴がない自殺事案については、うつ病エピソードのように症状に周囲が気づきにくい精神障害もあることに留意しつつ関係者からの聴取内容等を医学的に慎重に検討し、診断ガイドラインに示す診断基準を満たす事実が認められる場合又は種々の状況から診断基準を満たすと医学的に推定される場合には、当該疾患名の精神障害が発病したものとして取り扱う。
(2) 発病時期
発病時期についても診断ガイドラインに基づき判断する。その特定が難しい場合にも、心理的負荷となる出来事との関係や、自殺事案については自殺日との関係等を踏まえ、できる限り時期の範囲を絞り込んだ医学意見を求めて判断する。
その際、強い心理的負荷と認められる出来事の前と後の両方に発病の兆候と理解し得る言動があるものの、診断基準を満たした時期の特定が困難な場合には、出来事の後に発病したものと取り扱う。
また、精神障害の治療歴のない自殺事案についても、請求人や関係者からの聴取等から得られた認定事実を踏まえ、医学専門家の意見に基づき発病時期を判断する。その際、精神障害は発病していたと考えられるものの、診断ガイドラインに示す診断基準を満たした時期の特定が困難な場合には、遅くとも自殺日までには発病していたものと判断する。
さらに、生死にかかわるケガ、強姦等の特に強い心理的負荷となる出来事を体験した場合、出来事の直後に解離等の心理的反応が生じ、受診時期が遅れることがある。このような場合には、当該心理的反応が生じた時期(特に強い心理的負荷となる出来事の直後)を発病時期と判断して当該出来事を評価の対象とする。
2 業務による心理的負荷の強度の判断
(1) 業務による強い心理的負荷の有無の判断
認定要件のうち「2対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること」(以下「認定要件2」という。)とは、対象疾病の発病前おおむね6か月の間に業務による出来事があり、当該出来事及びその後の状況による心理的負荷が、客観的に対象疾病を発病させるおそれのある強い心理的負荷であると認められることをいう。
心理的負荷の評価に当たっては、発病前おおむね6か月の間に、対象疾病の発病に関与したと考えられるどのような出来事があり、また、その後の状況がどのようなものであったのかを具体的に把握し、その心理的負荷の強度を判断する。
その際、精神障害を発病した労働者が、その出来事及び出来事後の状況を主観的にどう受け止めたかによって評価するのではなく、同じ事態に遭遇した場合、同種の労働者が一般的にその出来事及び出来事後の状況をどう受け止めるかという観点から評価する。この「同種の労働者」は、精神障害を発病した労働者と職種、職場における立場や職責、年齢、経験等が類似する者をいう。
その上で、後記(2)及び(3)により、心理的負荷の全体を総合的に評価して「強」と判断される場合には、認定要件2を満たすものとする。
(2) 業務による心理的負荷評価表
業務による心理的負荷の強度の判断に当たっては、別表1「業務による心理的負荷評価表」(以下「別表1」という。)を指標として、前記(1)により把握した出来事による心理的負荷の強度を、次のとおり「強」、「中」、「弱」の三段階に区分する。
なお、別表1においては、業務による強い心理的負荷が認められるものを心理的負荷の総合評価が「強」と表記し、業務による強い心理的負荷が認められないものを「中」又は「弱」と表記している。「弱」は日常的に経験するものや一般に想定されるもの等であって通常弱い心理的負荷しか認められないものであり、「中」は経験の頻度は様々であって「弱」よりは心理的負荷があるものの強い心理的負荷とは認められないものである。
ア 特別な出来事の評価
発病前おおむね6か月の間に、別表1の「特別な出来事」に該当する業務による出来事が認められた場合には、心理的負荷の総合評価を「強」と判断する。
イ 特別な出来事以外の評価
「特別な出来事」以外の出来事については、当該出来事を別表1の「具体的出来事」のいずれに該当するかを判断し、合致しない場合にも近い「具体的出来事」に当てはめ、総合評価を行う。
別表1では、「具体的出来事」ごとにその「平均的な心理的負荷の強度」を、強い方から「Ⅲ」、「Ⅱ」、「Ⅰ」として示し、その上で、「心理的負荷の総合評価の視点」として、その出来事に伴う業務による心理的負荷の強さを総合的に評価するために典型的に想定される検討事項を明示し、さらに、「心理的負荷の強度を「弱」「中」「強」と判断する具体例」(以下「具体例」という。)を示している。
該当する「具体的出来事」に示された具体例の内容に、認定した出来事及び出来事後の状況についての事実関係が合致する場合には、その強度で評価する。事実関係が具体例に合致しない場合には、「心理的負荷の総合評価の視点」及び「総合評価の留意事項」に基づき、具体例も参考としつつ個々の事案ごとに評価する。
なお、具体例はあくまでも例示であるので、具体例の「強」の欄で示したもの以外は「強」と判断しないというものではない。
ウ 心理的負荷の総合評価の視点及び具体例
「心理的負荷の総合評価の視点」及び具体例は、次の考え方に基づいて示しており、この考え方は個々の事案の判断においても適用すべきものである。
(ア) 類型①「事故や災害の体験」は、出来事自体の心理的負荷の強弱を特に重視した評価としている。
(イ) 類型①以外の出来事については、出来事と出来事後の状況の両者を軽重の別なく評価しており、総合評価を「強」と判断するのは次のような場合である。
a 出来事自体の心理的負荷が強く、その後に当該出来事に関する本人の対応を伴っている場合
b 出来事自体の心理的負荷としては中程度であっても、その後に当該出来事に関する本人の特に困難な対応を伴っている場合
エ 総合評価の留意事項
出来事の総合評価に当たっては、出来事それ自体と、当該出来事の継続性や事後対応の状況、職場環境の変化などの出来事後の状況の双方を十分に検討し、例示されているもの以外であっても出来事に伴って発生したと認められる状況や、当該出来事が生じるに至った経緯等も含めて総合的に考慮して、当該出来事の心理的負荷の程度を判断する。
その際、職場の支援・協力が欠如した状況であること(問題への対処、業務の見直し、応援体制の確立、責任の分散その他の支援・協力がなされていない等)や、仕事の裁量性が欠如した状況であること(仕事が孤独で単調となった、自分で仕事の順番・やり方を決めることができなくなった、自分の技能や知識を仕事で使うことが要求されなくなった等)は、総合評価を強める要素となる。
オ 長時間労働等の心理的負荷の評価
別表1には、時間外労働時間数(週40時間を超えて労働した時間数をいう。以下同じ。)等を指標とする具体例等を次のとおり示しているので、長時間労働等が認められる場合にはこれにより判断する。ここで、時間外労働時間数に基づく具体例等については、いずれも、休憩時間は少ないが手待時間が多い場合等、労働密度が特に低い場合を除くものであり、また、その業務内容が通常その程度の労働時間を要するものである場合を想定したものである。
なお、業務による強い心理的負荷は、長時間労働だけでなく、仕事の失敗、過重な責任の発生、役割・地位の変化や対人関係等、様々な出来事及び出来事後の状況によっても生じることから、具体例等で示された時間外労働時間数に至らない場合にも、時間数のみにとらわれることなく、心理的負荷の強度を適切に判断する。
(ア) 極度の長時間労働
極度の長時間労働、例えば数週間にわたる生理的に必要な最小限度の睡眠時間を確保できないほどの長時間労働は、心身の極度の疲弊、消耗を来し、うつ病等の原因となることから、発病直前の1か月におおむね160時間を超える時間外労働を行った場合等には、当該極度の長時間労働に従事したことのみで心理的負荷の総合評価を「強」とする。
(イ) 「具体的出来事」としての長時間労働の評価
仕事内容・仕事量の大きな変化を生じさせる出来事により時間外労働が大幅に増えた場合(項目11)のほか、1か月に80時間以上の時間外労働が生じるような長時間労働となった状況それ自体を「出来事」とし(項目12)、その心理的負荷を評価する。
(ウ) 恒常的長時間労働がある場合の他の出来事の総合評価
出来事に対処するために生じた長時間労働は、心身の疲労を増加させ、ストレス対応能力を低下させる要因となることや、長時間労働は一般に精神障害の準備状態を形成する要因となることから、恒常的な長時間労働の下で発生した出来事の心理的負荷は平均より強く評価される必要があると考えられ、そのような出来事と発病との近接性や、その出来事に関する対応の困難性等を踏まえて、出来事に係る心理的負荷の総合評価を行う必要がある。
このことから、別表1では、1か月おおむね100時間の時間外労働を「恒常的長時間労働」の状況とし、恒常的長時間労働がある場合に心理的負荷の総合評価が「強」となる具体例を示している。
なお、出来事の前の恒常的長時間労働の評価期間は、発病前おおむね6か月の間とする。
(エ) 連続勤務
連続勤務(項目13)に関する具体例についても、時間外労働に関するものと同様に、休憩時間は少ないが手待時間が多い場合等、労働密度が特に低い場合を除くものであり、また、その業務内容が通常その程度の労働時間(労働日数)を要するものである場合を想定したものである。
カ ハラスメント等に関する心理的負荷の評価
ハラスメントやいじめのように出来事が繰り返されるものについては、繰り返される出来事を一体のものとして評価し、それが継続する状況は、心理的負荷が強まるものと評価する。
また、別表1において、一定の行為を「反復・継続するなどして執拗に受けた」としている部分がある。これは、「執拗」と評価される事案について、一般的にはある行動が何度も繰り返されている状況にある場合が多いが、たとえ一度の言動であっても、これが比較的長時間に及ぶものであって、行為態様も強烈で悪質性を有する等の状況がみられるときにも「執拗」と評価すべき場合があるとの趣旨である。
(3) 複数の出来事の評価
対象疾病の発病に関与する業務による出来事が複数ある場合には、次のように業務による心理的負荷の全体を総合的に評価する。
ア 前記(2)によりそれぞれの具体的出来事について総合評価を行い、いずれかの具体的出来事によって「強」の判断が可能な場合は、業務による心理的負荷を「強」と判断する。
イ いずれの出来事でも単独では「強」と評価できない場合には、それらの複数の出来事について、関連して生じているのか、関連なく生じているのかを判断した上で、次により心理的負荷の全体を総合的に判断する。
(ア) 出来事が関連して生じている場合には、その全体を一つの出来事として評価することとし、原則として最初の出来事を具体的出来事として別表1に当てはめ、関連して生じた各出来事は出来事後の状況とみなす方法により、その全体について総合的な評価を行う。
具体的には、「中」である出来事があり、それに関連する別の出来事(それ単独では「中」の評価)が生じた場合には、後発の出来事は先発の出来事の出来事後の状況とみなし、当該後発の出来事の内容、程度により「強」又は「中」として全体を総合的に評価する。
なお、同一時点で生じた事象を異なる視点から検討している場合や、同一の原因により複数の事象が生じている場合、先発の出来事の結果次の出来事が生じている場合等については、複数の出来事が関連して生じた場合と考えられる。
(イ) ある出来事に関連せずに他の出来事が生じている場合であって、単独の出来事の評価が「中」と評価する出来事が複数生じているときには、それらの出来事が生じた時期の近接の程度、各出来事と発病との時間的な近接の程度、各出来事の継続期間、各出来事の内容、出来事の数等によって、総合的な評価が「強」となる場合もあり得ることを踏まえつつ、事案に応じて心理的負荷の全体を評価する。この場合、全体の総合的な評価は、「強」又は「中」となる。
当該評価に当たり、それぞれの出来事が時間的に近接・重複して生じている場合には、「強」の水準に至るか否かは事案によるとしても、全体の総合的な評価はそれぞれの出来事の評価よりも強くなると考えられる。
一方、それぞれの出来事が完結して落ち着いた状況となった後に次の出来事が生じているときには、原則として、全体の総合的な評価はそれぞれの出来事の評価と同一になると考えられる。
また、単独の出来事の心理的負荷が「中」である出来事が一つあるほかには「弱」の出来事しかない場合には原則として全体の総合的な評価も「中」であり、「弱」の出来事が複数生じている場合には原則として全体の総合的な評価も「弱」となる。
(4) 評価期間の留意事項
認定要件2のとおり、業務による心理的負荷の評価期間は発病前おおむね6か月であるが、当該期間における心理的負荷を的確に評価するため、次の事項に留意する。
ア ハラスメントやいじめのように出来事が繰り返されるものについては、前記(2)カのとおり、繰り返される出来事を一体のものとして評価することとなるので、発病の6か月よりも前にそれが開始されている場合でも、発病前おおむね6か月の期間にも継続しているときは、開始時からのすべての行為を評価の対象とすること。
イ 出来事の起点が発病の6か月より前であっても、その出来事(出来事後の状況)が継続している場合にあっては、発病前おおむね6か月の間における状況や対応について評価の対象とすること。例えば、業務上の傷病により長期療養中の場合、その傷病の発生は発病の6か月より前であっても、当該傷病により発病前おおむね6か月の間に生じている強い苦痛や社会復帰が困難な状況等を出来事として評価すること。
3 業務以外の心理的負荷及び個体側要因による発病でないことの判断
(1) 業務以外の心理的負荷及び個体側要因による発病でないことの判断認定要件のうち、「3業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと」とは、次のア又はイの場合をいう。
ア 業務以外の心理的負荷及び個体側要因が確認できない場合
イ 業務以外の心理的負荷又は個体側要因は認められるものの、業務以外の心理的負荷又は個体側要因によって発病したことが医学的に明らかであると判断できない場合
(2) 業務以外の心理的負荷の評価
業務以外の心理的負荷の評価については、対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、対象疾病の発病に関与したと考えられる業務以外の出来事の有無を確認し、出来事が一つ以上確認できた場合は、それらの出来事の心理的負荷の強度について、別表2「業務以外の心理的負荷評価表」を指標として、心理的負荷の強度を「Ⅲ」、「Ⅱ」又は「Ⅰ」に区分する。
出来事が確認できなかった場合には、前記(1)アに該当するものと取り扱う。心理的負荷の強度が「Ⅱ」又は「Ⅰ」の出来事しか認められない場合は、原則として前記(1)イに該当するものと取り扱う。
心理的負荷の強度が「Ⅲ」と評価される出来事の存在が明らかな場合には、その内容等を詳細に調査し、「Ⅲ」に該当する業務以外の出来事のうち心理的負荷が特に強いものがある場合や、「Ⅲ」に該当する業務以外の出来事が複数ある場合等について、それが発病の原因であると判断することの医学的な妥当性を慎重に検討し、前記(1)イに該当するか否かを判断する。
(3) 個体側要因の評価
個体側要因とは、個人に内在している脆弱性・反応性であるが、既往の精神障害や現在治療中の精神障害、アルコール依存状況等の存在が明らかな場合にその内容等を調査する。
業務による強い心理的負荷が認められる事案について、重度のアルコール依存状況がある等の顕著な個体側要因がある場合には、それが発病の主因であると判断することの医学的な妥当性を慎重に検討し、前記(1)イに該当するか否かを判断する。
第5 精神障害の悪化と症状安定後の新たな発病
1 精神障害の悪化とその業務起因性
精神障害を発病して治療が必要な状態にある者は、一般に、病的状態に起因した思考から自責的・自罰的になり、ささいな心理的負荷に過大に反応するため、悪化の原因は必ずしも大きな心理的負荷によるものとは限らないこと、また、自然経過によって悪化する過程においてたまたま業務による心理的負荷が重なっていたにすぎない場合もあることから、業務起因性が認められない精神障害の悪化の前に強い心理的負荷となる業務による出来事が認められても、直ちにそれが当該悪化の原因であると判断することはできない。
ただし、別表1の特別な出来事があり、その後おおむね6か月以内に対象疾病が自然経過を超えて著しく悪化したと医学的に認められる場合には、当該特別な出来事による心理的負荷が悪化の原因であると推認し、悪化した部分について業務起因性を認める。
また、特別な出来事がなくとも、悪化の前に業務による強い心理的負荷が認められる場合には、当該業務による強い心理的負荷、本人の個体側要因(悪化前の精神障害の状況)と業務以外の心理的負荷、悪化の態様やこれに至る経緯(悪化後の症状やその程度、出来事と悪化との近接性、発病から悪化までの期間など)等を十分に検討し、業務による強い心理的負荷によって精神障害が自然経過を超えて著しく悪化したものと精神医学的に判断されるときには、悪化した部分について業務起因性を認める。
なお、既存の精神障害が悪化したといえるか否かについては、個別事案ごとに医学専門家による判断が必要である。
2 症状安定後の新たな発病
既存の精神障害について、一定期間、通院・服薬を継続しているものの、症状がなく、又は安定していた状態で、通常の勤務を行っている状況にあって、その後、症状の変化が生じたものについては、精神障害の発病後の悪化としてではなく、症状が改善し安定した状態が一定期間継続した後の新たな発病として、前記第2の認定要件に照らして判断すべきものがあること。
第6 専門家意見と認定要件の判断
認定要件を満たすか否かについては、医師の意見と認定した事実に基づき次のとおり判断する。
1 主治医意見による判断
対象疾病の治療歴がない自殺事案を除くすべての事案について、主治医から、疾患名、発病時期、主治医の考える発病原因及びそれらの判断の根拠についての意見を求める。
その結果、主治医が対象疾病を発病したと診断しており、労働基準監督署長(以下「署長」という。)が認定した業務による心理的負荷に係る事実と主治医の診断の前提となっている事実が対象疾病の発病時期やその原因に関して合致するとともに、その事実に係る心理的負荷の評価が「強」に該当することが明らかであって、業務以外の心理的負荷や個体側要因に顕著なものが認められない場合には、認定要件を満たすものと判断する。
2 専門医意見による判断
対象疾病の治療歴がない自殺事案については、地方労災医員等の専門医に意見を求め、その意見に基づき認定要件を満たすか否かを判断する。
また、業務による心理的負荷に係る認定事実の評価について「強」に該当することが明らかでない事案及び署長が主治医意見に補足が必要と判断した事案については、主治医の意見に加え、専門医に意見を求め、その意見に基づき認定要件を満たすか否かを判断する。
3 専門部会意見による判断
前記1及び2にかかわらず、専門医又は署長が高度な医学的検討が必要と判断した事案については、主治医の意見に加え、地方労災医員協議会精神障害専門部会に協議して合議による意見を求め、その意見に基づき認定要件を満たすか否かを判断する。
4 法律専門家の助言
関係者が相反する主張をする場合の事実認定の方法や関係する法律の内容等について、法律専門家の助言が必要な場合には、医学専門家の意見とは別に、法務専門員等の法律専門家の意見を求める。
第7 療養及び治ゆ
心理的負荷による精神障害は、その原因を取り除き、適切な療養を行えば全治し、再度の就労が可能となる場合が多いが、就労が可能な状態でなくとも治ゆ(症状固定)の状態にある場合もある。
例えば、精神障害の症状が現れなくなった又は症状が改善し安定した状態が一定期間継続している場合や、社会復帰を目指して行ったリハビリテーション療法等を終えた場合であって、通常の就労が可能な状態に至ったときには、投薬等を継続していても通常は治ゆ(症状固定)の状態にあると考えられる。また、「寛解」との診断がない場合も含め、療養を継続して十分な治療を行ってもなお症状に改善の見込みがないと判断され、症状が固定しているときには、治ゆ(症状固定)の状態にあると考えられるが、その判断は、医学意見を踏まえ慎重かつ適切に行う必要がある。
療養期間の目安を一概に示すことは困難であるが、例えばうつ病の経過は、未治療の場合、一般的に(約90%以上は)6か月~2年続くとされている。また、適応障害の症状の持続は遷延性抑うつ反応(F43.21)の場合を除いて通常6か月を超えず、遷延性抑うつ反応については持続は2年を超えないとされている。
なお、対象疾病がいったん治ゆ(症状固定)した後において再びその治療が必要な状態が生じた場合は、新たな発病と取り扱い、改めて前記第2の認定要件に基づき業務起因性が認められるかを判断する。
治ゆ後、増悪の予防のため診察や投薬等が必要とされる場合にはアフターケア(平成19年4月23日付け基発第0423002号)を、一定の障害を残した場合には障害(補償)等給付(労働者災害補償保険法第15条)を、それぞれ適切に実施する。
第8 その他
1 自殺について
業務によりICD-10のF0からF4に分類される精神障害を発病したと認められる者が自殺を図った場合には、精神障害によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、あるいは自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったものと推定し、業務起因性を認める。
その他、精神障害による自殺の取扱いについては、従前の例(平成11年9月14日付け基発第545号)による。
2 セクシュアルハラスメント事案の留意事項
セクシュアルハラスメントが原因で対象疾病を発病したとして労災請求がなされた事案の心理的負荷の評価に際しては、特に次の事項に留意する。
ア セクシュアルハラスメントを受けた者(以下「被害者」という。)は、勤務を継続したいとか、セクシュアルハラスメントを行った者(以下「行為者」という。)からのセクシュアルハラスメントの被害をできるだけ軽くしたいとの心理などから、やむを得ず行為者に迎合するようなメール等を送ることや、行為者の誘いを受け入れることがあるが、これらの事実はセクシュアルハラスメントを受けたことを単純に否定する理由にはならないこと。
イ 被害者は、被害を受けてからすぐに相談行動をとらないことがあるが、この事実は心理的負荷が弱いと単純に判断する理由にならないこと。
ウ 被害者は、医療機関でもセクシュアルハラスメントを受けたということをすぐに話せないこともあるが、初診時にセクシュアルハラスメントの事実を申し立てていないことは心理的負荷が弱いと単純に判断する理由にならないこと。
エ 行為者が上司であり被害者が部下である場合や行為者が正規雇用労働者であり被害者が非正規雇用労働者である場合等のように行為者が雇用関係上被害者に対して優越的な立場にある事実は心理的負荷を強める要素となり得ること。
3 調査等の留意事項
請求人が主張する出来事の発生時期が評価期間より前である場合等であっても、評価期間における業務の状況等について調査し、当該期間中に業務内容の変化や新たな業務指示等があれば、これを出来事として心理的負荷を評価する必要があること。
4 本省協議
ICD-10のF5からF9に分類される対象疾病に係る事案及び本認定基準により判断し難い事案については、本省に協議すること。
第9 複数業務要因災害
労働者災害補償保険法第7条第1項第2号に定める複数業務要因災害による精神障害に関しては、本認定基準を後記1のとおり読み替えるほか、本認定基準における心理的負荷の評価に係る「業務」を「二以上の事業の業務」と、また、「業務起因性」を「二以上の事業の業務起因性」と解した上で、本認定基準に基づき、認定要件を満たすか否かを判断する。
その上で、前記第4の2及び第6に関し後記2及び3に規定した部分については、これにより判断すること。
1 認定基準の読み替え
前記第2の「労働基準法施行規則別表第1の2第9号に該当する業務上の疾病」を「労働者災害補償保険法施行規則第18条の3の6に規定する労働基準法施行規則別表第1の2第9号に掲げる疾病」と読み替える。
2 二以上の事業の業務による心理的負荷の強度の判断
(1) 二以上の事業において業務による出来事が事業ごとにある場合には、前記第4の2(2)により異なる事業における出来事をそれぞれ別表1の具体的出来事に当てはめ心理的負荷を評価した上で、前記第4の2(3)により心理的負荷の強度を全体的に評価する。ただし、異なる事業における出来事が関連して生じることはまれであることから、前記第4の2(3)イについては、原則として、(イ)により判断することとなる。
(2) 心理的負荷を評価する際、異なる事業における労働時間、労働日数は、それぞれ通算する。
(3) 前記(1)及び(2)に基づく判断に当たっては、それぞれの事業における職場の支援等の心理的負荷の緩和要因をはじめ、二以上の事業で労働することによる個別の状況を十分勘案して、心理的負荷の強度を全体的に評価する。
3専門家意見と認定要件の判断
複数業務要因災害に関しては、前記第6の1において主治医意見により判断する事案に該当するものについても、主治医の意見に加え、専門医に意見を求め、その意見に基づき認定要件を満たすか否かを判断する。
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