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技能実習生に対する人身取引が疑われる事案への対応について
令和3年2月15日基発0215第13号
(都道府県労働局長あて厚生労働省労働基準局長通知)
人身取引とは、文字どおり「人の取引」であり、その定義に該当する事案については、それを防止し、行為者を処罰し、被害者を保護することが求められる。このため、「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約を補足する人(特に女性及び児童)の取引を防止し、抑止し及び処罰するための議定書」(平成12年採択、平成29年条約第22号。以下「人身取引議定書」という。)に基づいて、国際的に人身取引対策が行われている。
我が国においても、平成16年に策定された「人身取引対策行動計画」等に基づき、各省庁で連携を図りつつ対策が進められてきたところであり、労働基準監督機関においては、特に、労働搾取を目的とした人身取引の防止対策として、実習実施者に対する労働基準関係法令の厳正な執行を行うこと等が求められている。
これまで、労働基準監督機関においては、技能実習生の法定労働条件の履行確保や人権侵害が疑われる事案に対する対応を指示し、毎年、送検事案や外国人技能実習機構(以下「機構」という。)等との合同監督・調査事案に取り組んできたが、さらに国際基準に照らして適切な人身取引対策を推進し、人身取引被害者を確実に認知するとの観点から、関係機関とも十分に連携を図りつつ、以下の取組につき、遺漏なく実施されたい。
なお、本件については、警察庁生活安全局、法務省刑事局、出入国在留管理庁、厚生労働省人材開発統括官及び機構と協議済みであることを申し添える。
また、平成18年5月31日付け基発第0531001号「技能実習生の法定労働条件の履行確保のための出入国管理機関との相互通報制度について」及び平成29年10月27日付け基発1027第51号「強制労働等技能実習生の人権侵害が疑われる事案に対する地方入国管理局及び外国人技能実習機構との合同監督・調査の実施について」は、本通達をもって廃止する。
記
第1 人身取引について
1 人身取引の定義
人身取引とは、人身取引議定書第3条において、「搾取の目的で、暴力その他の形態の強制力による脅迫若しくはその行使、誘拐、詐欺、欺もう、権力の濫用若しくはぜい弱な立場に乗ずること又は他の者を支配下に置く者の同意を得る目的で行われる金銭若しくは利益の授受の手段を用いて、人を獲得し、輸送し、引き渡し、蔵匿し、又は収受することをいう。」と定められている。
この定義に基づき、「人身取引取締りマニュアル」においては、人身取引被害者を認知するための着眼点が以下のとおり示されている。
(1) ある者が獲得、輸送、引渡し、蔵匿又は収受の対象とされている
(2) 上記(1)の行為が暴力その他の形態の強制力による脅迫又はその行使や、権力の濫用、ぜい弱な立場に乗ずること等の手段によってなされている
(3) 上記(1)の行為が搾取を目的としてなされている(搾取には少なくとも強制的な労働又は役務の提供を含み、対象者の同意の有無を問わない。)
2 我が国の労働現場における労働搾取目的の人身取引の考え方
人身取引の目的の1つに労働搾取が含まれているとされており、上記1の定義によれば、我が国の労働現場において、労働搾取目的の人身取引に該当する事案とは、
① 法人又は個人が財産上の利益を得る目的で
② 暴力の行使、脅迫、監禁、詐欺、権力の濫用又はぜい弱な立場に乗ずるなどの手段を用いて
③ 加害者の影響下から離脱することを困難な状態に置いた上で、労働者の意思に反して働かせる
の3つの要件を満たすものが挙げられる。
なお、当該事案は、労働基準法第5条で禁止されている強制労働に該当する事案に限られるものではない。
3 技能実習生に対する労働搾取目的の人身取引が疑われる事案
上記2を踏まえ、労働基準関係法令違反に関連して技能実習生に対する労働搾取目的の人身取引が疑われる事案(以下「重点解消事案」という。)は、下記の事案とする。
(1) 技能実習生に係る労働基準法第5条の強制労働等が疑われる事案
(2) 技能実習生に対して、暴力、脅迫、監禁その他の強制力、詐欺、権力の濫用又はぜい弱な立場に乗ずるなどの手段を用い、従わざるを得ない状況で技能実習生を働かせていることが疑われ、かつ、技能実習生に係る労働基準関係法令違反が疑われる事案
(3) 自身に対する労働基準関係法令違反を理由として、技能実習生が実習実施者からの保護を希望している、又は機構から一時宿泊先の提供を受けた事案(ただし、労働搾取目的の人身取引に該当しないことが明らかな事案を除く。)
第2 人身取引対策担当者について
重点解消事案については、日頃から情報収集に努め、事案を把握した際には関係機関と必要な連携を図り対応することが不可欠である。このため、本省労働基準局監督課(以下「本省」という)、都道府県労働局労働基準部監督課(以下都道府県労働局を「局」、労働基準部監督課を「監督課」という。)及び労働基準監督署(以下「署」という。)並びに下記第4の関係機関とが緊密に連携し、事案に対して迅速、的確に対応することを目的として、局監督課職員の中から人身取引対策担当者を定めること。
第3 合同監督・調査について
1 目的
労働基準監督機関が行う労働基準関係法令の履行確保のための監督指導及び機構地方事務所が行う技能実習の適正な実施のための調査を合同で実施することにより、事実確認を効果的に行い、当該確認した事実に基づき、各々の機関が有する権限を適正に行使することにより、技能実習生の労働条件の確保等を図り、技能実習生に対する人身取引及び人権侵害を解消するものであること。
2 重点解消事案の把握及び情報提供等
(1) 局及び署においては、技能実習生からの申告・相談、支援者からの相談、地方出入国在留管理局(支局を含む。以下「入管局」という。)や機構からの情報、マスコミ報道、監督指導実施時に把握した状況等の各種情報等から、重点解消事案の的確な把握に努めること。
(2) 局監督課又は署が、重点解消事案を把握した場合には、上記第2の人身取引対策担当者を中心として、次により、速やかに、情報提供等を行うこと。
ア 署が重点解消事案を把握した場合には、局監督課に当該重点解消事案に係る報告を行うこと。これを受け、局監督課は、本省及び機構地方事務所に情報提供を行うこと。
なお、署が把握した重点解消事案に係る実習実施者の所在地が、局内の他署管内にある場合には、局監督課は、当該重点解消事案に係る実習実施者の所在地を管轄する署(以下「管轄署」という。)に対しても情報提供を行うこと。
イ 局監督課が重点解消事案を把握した場合には、本省、管轄署及び機構地方事務所に情報提供を行うこと。
ウ 局監督課又は署が把握した重点解消事案に係る実習実施者の所在地が、他局管内にある場合には、局監督課は、当該重点解消事案に係る実習実施者の所在地を管轄する局監督課(以下「管轄局監督課」という。)に情報提供を行うこと。これを受け、管轄局監督課は、本省、管轄署及び機構地方事務所に情報提供を行うこと。
エ 機構地方事務所が重点解消事案を把握した場合には、管轄局監督課に情報提供されるので、これを受けたときには、本省及び管轄署に情報提供を行うこと。
3 機構地方事務所との協議
(1) 機構地方事務所に情報提供を行った局監督課は、速やかに、合同監督・調査の対象とする事案の決定に向けて、機構地方事務所と協議を行うこと。
なお、機構地方事務所が把握した重点解消事案が局監督課に情報提供された場合についても、上記と同様の協議を行うこと。
(2) 局監督課又は署が把握した重点解消事案について、同一の監理団体傘下の他の実習実施者においても同様の問題が認められると考えられ、他局管内にも当該監理団体傘下の実習実施者が存在する場合においては、関係局は、相互に情報共有を図るとともに、連携して、上記(1)と同様の協議を行うこと。
4 対象とする事案の決定
局監督課は、機構地方事務所との協議により、機構地方事務所と情報共有した個別の重点解消事案の中から、合同監督・調査の対象とする事案を決定すること。
5 実施方法等
次に定めるところによるほか、局監督課は、機構地方事務所との間で、実施に係る詳細について必要な調整を行うこと。
(1) 合同監督・調査は、原則として、管轄署及び機構地方事務所により実施することとし、必要に応じ、入管局や管轄局の参加についても検討すること。
(2) 合同監督・調査は、実習実施者に対して、原則として予告することなく実施すること。
6 実施後の情報共有等
(1) 合同監督・調査を実施した結果、技能実習生に係る労働基準関係法令違反が認められた事案については、平成29年10月27日付け基発1027第50号「技能実習生の法定労働条件の履行確保のための外国人技能実習機構との相互通報制度について」に基づき、機構地方事務所(支所)長あて通報すること。
なお、合同監督・調査を実施した実習実施者における技能実習生に係る労働基準関係法令違反については、署が直接把握するため、相互通報制度に基づく機構地方事務所(支所)長から局長あて通報は省略されるものであること。
(2) 上記(1)により、機構地方事務所(支所)長あて通報した事案について、機構が所要の措置を講じた結果については、相互通報制度に基づき、局長あてに回報されること。
7 厳正な司法処分
労働基準関係法令違反が認められた重点解消事案であって、悪質性が認められるもの又は社会的にも看過し得ないものについては、厳正に司法処分に付すこと。
また、当該司法処分に付した事案のうち、人身取引に該当すると認められるものについては、送検後、本省に報告すること。
第4 関係機関等との連携について
重点解消事案への対応に当たっては、下記により関係機関等との適切な連携を図ること。また、これら関係機関等以外の機関についても、必要に応じ連携した対応に配意すること。
1 地方検察庁との連携
重点解消事案に係る司法事案について、早期に検察庁に対して方針に関する相談を行った上で捜査を進めること。
2 警察との連携
重点解消事案の調査過程において、技能実習生に対する暴行、脅迫、監禁等の事実が疑われる場合には、警察に対して当該重点解消事案の対応方針に関する相談や、連携のあり方についての協議を行うこと。また、技能実習生からの申告・相談等の機会において、刑法犯その他の犯罪被害が疑われる場合には、最寄りの警察署へ相談するよう助言するほか、警察と必要な連携を図ること。
3 入管局との連携
上記第3の合同監督・調査の適正な運用、在留資格変更や帰国手続が必要となる場合などにおける必要な連携を図ること。
4 機構との連携
上記第3の合同監督・調査や相互通報制度の適正な運用を行うこと。また、その他にも、一時宿泊先を求める技能実習生から相談を受けた場合などにおける必要な連携を図ること。
5 その他
日頃から重点解消事案に係る情報収集に努めることはもとより、実際の事案対応に当たっては、技能実習生の母国語の通訳の手配、一時的な保護施設の確保等、上記関係機関との連携のみでは十分な対応が図られない場合も考えられることから、必要に応じ、局職業安定部、地方公共団体、監理団体、NGO(非政府組織)等との協力についても配意すること。