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「膀胱がん、喉頭がん及び肺がんと放射線被ばくに関する医学的知見について」とこれに基づいた労災補償の考え方について
平成27年1月28日労災発0127第2号
(各都道府県労働局長あて厚生労働省大臣官房審議官(労災担当)通知)
標記について、福島労働局長、静岡労働局長及び福岡労働局長からりん伺があり、当該事案の検討に当たり、疫学調査報告を分析・検討した結果、現時点の医学的知見が別添1、別添2及び別添3のとおり取りまとめられた。
今後、放射線業務従事者から標記疾病に係る労災請求があった場合、当面、これらの医学的知見に基づいた下記の考え方により、業務上外の検討を行うこととするのでご了知願いたい。
なお、標記疾病について、昭和51年11月8日付け基発第810号に基づき本省にりん伺することとする取扱いに変更はないので申し添える。
記
電離放射線業務に従事した労働者に発症した膀胱がん、喉頭がん及び肺がんの業務上外については、当面、個別事案ごとに以下の3項目を総合的に検討する。
(1) 被ばく線量
膀胱がん・喉頭がん・肺がんは、被ばく線量が100ミリシーベルト(mSv)以上から放射線被ばくとがん発症との関連がうかがわれ、被ばく線量の増加とともに、がん発症との関連が強まること。
(2) 潜伏期間
放射線被ばくからがん発症までの期間が、少なくとも5年以上であること。
(3) リスクファクター
放射線被ばく以外の要因についても考慮する必要があること。
「電離放射線障害の業務上外に関する検討会」報告書
膀胱がんと放射線被ばくに関する医学的知見について
平成27年1月
「電離放射線障害の業務上外に関する検討会」参集者名簿
○:座長
氏名 |
所属・役職・専門 |
明石あかし 真言まこと |
独立行政法人放射線医学総合研究所 理事 放射線被ばく医療と生化学、血液学 |
草間くさま 朋子ともこ |
東京医療保健大学 副学長 放射線防護学 |
祖父江そぶえ 友孝ともたか |
大阪大学大学院医学系研究科 社会環境医学講座環境医学 教授 がん疫学 |
伴ばん 信彦のぶひこ |
東京医療保健大学 東が丘看護学部 教授 放射線影響・放射線防護 |
別所べっしょ 正美まさみ |
埼玉医科大学 学長 血液内科学 |
○米倉よねくら 義晴よしはる |
独立行政法人放射線医学総合研究所 理事長 放射線医学 |
(五十音順)
膀胱がんと放射線被ばくに関する医学的知見について
第1 膀胱がんに関する原子放射線の影響に関する国連科学委員会報告書及び最近の文献レビュー結果
放射線被ばくによる膀胱がんについては、これまで種々の医学文献が存在し、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)が、これらの医学文献を部位別に広範なレビューを行い、その結果を2006年報告書に記載している。
「電離放射線障害の業務上外に関する検討会」では、その内容を妥当と判断した。さらに、同報告書には含まれていない最近の医学文献のレビューを行った。
1 UNSCEAR2006年報告書における膀胱がんの要約
UNSCEAR2006年報告書附属書Aでは、原爆被爆者の調査の結果から、線量が増加すると膀胱がんが増える傾向を認めている。高線量の放射線療法を受けた患者に関するデータも、放射線被ばくと膀胱がんのリスクの関係があるとしている。
しかしながら、放射線作業者の研究では、被ばく線量が低く統計学的検出力が十分ではないため、放射線被ばくによって膀胱がんが増えるというデータは得られていない。
なお、同附属書Aには膀胱がんの要約の他、2006年までのデータが一覧表としてまとめられており、放射線被ばくの研究による膀胱がん罹患と死亡のリスク推定値に関する表が掲載されている。
2 膀胱がんに関する最近の文献のレビュー
米国国立医学図書館(National Library of Medicine)が運営する文献検索システムPubMedを用い、放射線誘発がん(Neoplasms, Radiation-Induced[MeSH])、膀胱腫瘍(Urinary Bladder Neoplasms[MeSH])、疫学(epidemiology)、二次性・続発性(secondary)との用語を使用し、以下の条件
(((“Neoplasms, Radiation-Induced / epidemiology”[Mesh] OR “Neoplasms, Radition-Induced / secondary” [Mesh]))) AND “Urinary Bladder Neoplasms”[Mesh]
を用いて、2006年以降の文献を平成26年5月に検索した。
上記検索によって抽出された文献の中から、特定の論文に対する論評記事を除外し、さらに原爆被爆者に関するLSS調査の文献を追加してレビューした。
放射線被ばくと膀胱がんに関する疫学調査は、
① 原爆被爆者を対象とした疫学調査
② 放射線診療を受けた患者を対象とした調査
に大別される。
上記文献の概要を以下に示す。なお、今回レビューした膀胱がんに関する文献一覧を別添1に、各文献の概要を別添2に示す。
(1) 原爆被爆者を対象とした疫学調査
文献No.1 原爆被爆者の寿命調査における尿路上皮がんへの放射線と生活習慣因子の影響(Grantら,2012)
LSS集団の105,402人について1958年から2001年まで追跡するとともに、喫煙、果物・野菜の摂取、飲酒など生活習慣等に関する調査を63,827人に実施した。尿路上皮がん(注1)の発症リスクの推定値は、過剰相対リスク(ERR/Gyw(注2))が1.00(95%CI:0.43―1.78)であった。同リスクは、生活習慣等の因子の寄与を調整したうえで推計しても、ほとんど変わらなかった。
(注1)膀胱、尿管、腎盂を含む尿路で最も高い頻度で発生するがん。
(注2)Gywとは、ガンマ線成分に中性子成分の10倍を加えた線量。
文献No.2 原爆被爆者の死亡に関する研究 第14報:がん及び非がん疾患の概要(Ozasaら,2012)
LSS集団の86,611人について1950年から2003年まで追跡した結果、30歳で被ばくした者の70歳における膀胱がん死亡リスクの推定値は、過剰相対リスク(ERR/Gy)が1.19(95%CI:0.27―2.65)、過剰絶対リスク(EAR/104人年/Gy)が1.2(95%CI:0.3―2.4)であった(いずれも男女平均)。なお、膀胱がんについては、線量区分ごとのリスクの解析は行われていない。
(2) 放射線診療を受けた患者を対象とした調査
文献No.3 限局性前立腺がんの治療としての外照射及びイメージガイド下の密封小線源療法後の二次がんの発生(Zelefskyら,2012)
前立腺がんのために放射線治療を受けた患者1,310人を追跡した結果、照射野内臓器(大腸、膀胱、その他)の二次がんの発生数は、米国の監視疫学遠隔調査データ(「Surveillance, Epidemiology, and End Results Program」、以下同じ。)に基づく一般集団のがん発生期待数と有意差がなかった。
文献No.4 子宮内膜がん治療後の二次がんに関する集団ベースの調査:遺伝子、環境及び治療の関係(Brownら,2010)
米国の監視疫学遠隔調査データに基づいて、子宮内膜がんの患者69,739人を追跡。放射線治療を受けた患者で、膀胱がんのリスクが有意に高かった(観察数と期待数の比(O/E)=2.03 99%CI:1.73―2.37)。
発症時期との関係では、観察数と期待数の比(O/E)が照射後1.67(23~119か月)、2.13(120~239か月)、2.77(240か月以降)といずれの時期でも上昇し、診断までの期間が長くなるほど、膀胱がんの発症リスクは増加していた。
なお、30年間の膀胱がんの累積罹患率は、放射線治療なしが1.25%、密封小線源治療が2.14%、外部照射が2.71%、外部照射と密封小線源の組み合わせが3.48%であった。
文献No.5 限局性前立腺がんに対する根治的前立腺摘除後及び外照射放射線治療後の二次性悪性腫瘍の率:17,845人の患者についての集団ベースの研究(Bhojaniら,2010)
カナダケベック州の医療保険データベースを用い、根治的前立腺摘除術(対象8,455人)あるいは外照射放射線治療(対象9,390人)を受けた前立腺がん患者について、原疾患の治療から60か月(5年)以降に診断された二次がんを分析したところ、根治的前立腺摘除術群に対する外照射放射線治療群のハザード比は1.5(p=0.01)であった。治療後120か月(10年)以降の膀胱がんに限定した場合、ハザード比は2.0だが、有意とは判断できなかった(p=0.1)。
文献No.6 前立腺がんに対する放射線治療後の膀胱がん:根治的膀胱摘除術後の疫学的検討(Bostromら,2008)
前立腺がんの治療後、膀胱がんを発症し根治的膀胱摘除術を受けた患者のうち、前立腺がんへの放射線治療歴のある者34人、放射線治療歴のない者316人を比較した結果、放射線治療歴のある者は、ない者に比べて生存率が低かった。放射線治療から膀胱がんの診断までの期間は平均5年(中央値4.8年)であったが、前立腺がんの治療前に、低異型度で非浸潤性の膀胱がんを発症していた症例も含まれていた。
文献No.7 前立腺がんの放射線治療後の二次がんのリスク(M
llerら,2007)
前立腺がんのために放射線治療を受けた患者における二次がんについて、1980年代半ば以降の文献を調査。
米国の監視疫学遠隔調査データを解析した文献では、4文献のうち3文献で膀胱がんのリスクが有意に増加していた。このうちの一つの論文において、放射線治療を受けた者と外科治療を受けた者との比較によると、膀胱がんの罹患の観察数と期待数の比(O/E)は照射から5年以内が1.0、5~8年が1.3、8年以降が1.5であった。
文献No.8 前立腺がんの密封小線源治療後の二次がん:15年間フォローアップ(Liauwら,2006)
前立腺がんのために放射線治療を受けた患者348人(病巣部線量144~153Gy)を追跡し、米国の監視疫学遠隔調査データに基づく一般集団の膀胱がん罹患患者と比較した観察数と期待数の比(O/E)は、全期間について2.34(95%CI:1.26―3.42)、治療から5年以降について2.34(95%CI:0.95―3.72)であった。治療から5年以降に発生した11例の膀胱がんに関して、放射線治療から発症までの期間は、6年0か月~15年8か月であった。
文献No.9 前立腺がんに対する外照射療法後に生じた尿路上皮がん(症例の報告)(Shahら,2006)
膀胱がんと前立腺がんの両方の診断を受けた患者の診療録を調査した結果、125名中11名において、前立腺がんに対する外部照射治療を受けた後に、尿路上皮がん(膀胱がん)が新たに発生していた。
11例のうち4例は光子の外部照射のみを受けた患者(記録が得られた1例について病巣部線量75Gy)、7例は光子の外部照射と陽子線の追加照射を受けた患者(病巣部線量68~80Gy)に発生。放射線治療終了後、尿路上皮がんの診断までの期間は0.5~8年であった(平均4.04年)。
第2 文献レビュー結果のまとめ
1 被ばく線量に関するまとめ
放射線被ばくと膀胱がんについて、UNSCEAR2006年報告書においては、原爆被爆者、放射線治療患者について、放射線被ばくと膀胱がんのリスクとの間に関係があるとしているが、放射線作業者の研究では、被ばく線量が低く統計学的検出力が十分でないため、放射線被ばくによって膀胱がんが増加するというデータはなく、膀胱がんの発症・死亡に関して統計的に有意な増加が認められる最小被ばく線量は記載されていない。
個別文献において、原爆被爆者の尿路上皮がん、膀胱がんの発症に有意なリスクの増加が認められたもの(文献No.1、2)や放射線治療患者の膀胱がんの二次がんの罹患率が高まるもの(文献No.4、7、8)がある。
これらの文献を含め、膀胱がんの発症・死亡が統計的に有意に増加する最小被ばく線量について記載されたものはない。
このことから、膀胱がんを含む全固形がんに関する解析に着目して、リスクが有意に増加する被ばく線量を確認することとする。
2 潜伏期間について
UNSCEAR2006年報告書には、膀胱がんの潜伏期間について特段の記載は見られない。
個別文献における潜伏期間については、前立腺がんの放射線治療後から5年以降に膀胱がん発症の有意なリスクの増加を報告するもの(文献No.7)がある。
放射線治療後5年未満で膀胱がんの発症が認められたとする報告(文献No.6、9)もあるが、放射線治療以前に非浸潤性の膀胱がんを発症していた症例が含まれている(文献No.6)、前立腺がんと膀胱がんの同時症例を拾っただけで、照射野内からの発生かどうかわからない(文献No.9)など、放射線照射と膀胱がんとの因果関係に疑義があるため、潜伏期間に係る評価は困難である。
第3 全固形がんに関するUNSCEAR等の知見
放射線被ばくと全固形がんの関連については、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)や、UNSCEAR等の種々の知見に基づいて放射線防護に関する勧告を行っている国際放射線防護委員会(ICRP)が系統的なレビューを行っている。UNSCEAR及びICRPは、これらの結果を踏まえ、数年ごとに報告書を取りまとめており、その報告内容が全固形がんの情報として最も重要である。
一方、国内では、食品安全委員会が行った食品中に含まれる放射性物質に係る食品健康影響評価(2011年10月。以下「食品安全委員会の評価結果」という。)において、疫学調査の系統的なレビューが行われていることから、その結果も参考となると考えられる。
これらを整理すると以下のとおりとなる。
1 全固形がんの有意なリスク増加が認められる最小被ばく線量
UNSCEARは、2006年に放射線発がんの疫学に関する報告書をまとめるとともに、2010年には低線量放射線の健康影響に関して、それまでの報告書の内容を要約したものを発表している。これによれば、固形がんについて「100から200mGy以上において、統計的に有意なリスクの上昇が観察される。」と述べている。
100mSv未満の被ばくによるがんのリスクの増加については、ICRPが、2007年勧告で「がんリスクの推定に用いる疫学的研究方法は、およそ100mSvまでの線量範囲でのがんのリスクを直接明らかにする力を持たないという一般的な合意がある。」としている。
一方、食品安全委員会の評価結果では、多数の疫学調査を検討した上で、「食品安全委員会が検討した範囲においては、放射線による影響が見いだされているのは、通常の一般生活において受ける放射線量を除いた生涯における累積の実効線量として、おおよそ100mSv以上と判断した。」「100mSv未満の線量における放射線の健康影響については、疫学研究で健康影響がみられたとの報告はあるが、信頼のおけるデータと判断することは困難であった。種々の要因により、低線量の放射線による健康影響を疫学調査で検証し得ていない可能性を否定することもできず、追加の累積線量として100mSv未満の健康影響について言及することは現在得られている知見からは困難であった。」とされている。
2 放射線誘発がんの最小潜伏期間
UNSCEAR2006年報告書では、「固形がんについては、治療で照射された多くの集団において被ばく後5年から10年の間に過剰リスクがはっきり現れる。」とされている。
また、ICRPの1990年勧告(Publication 60)では、「ヒトでは放射線被ばくとがんの認知とのあいだの期間は多くの年月にわたって続く。この期間は潜伏期と呼ばれる。潜伏期の中央値は誘発白血病の場合約8年、乳がんと肺がんのような多くの誘発固形がんの場合はその2倍から3倍のようである。最小潜伏期は、被ばく後に特定の放射線誘発がんの発生がわかっているかまたは起こったと信じられる最短の期間である。この最小潜伏期は、急性骨髄性白血病については約2年であり、他のがんについては5から10年のオーダーである。」とされている。
第4 膀胱がんのリスクファクター
がんの主な原因には生活習慣や慢性感染があり、年齢とともにリスクが高まるが、膀胱がんには、放射線被ばく以外に、喫煙、芳香族アミン化合物(ベンジジン等)・ヒ素化合物へのばく露、寄生虫感染(ビルハルツ住血吸虫)がリスクファクターとして知られている(注)。
(注)参考文献
1 International Agency for Research on Cancer. IARC Monographs on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans, Vol.1-110, 1987-2014. Lyon, France.
2 World Cancer Research Fund/American Institute for Cancer Research. Food, Nutrition, Physical Activity, and the Prevention of Cancer: A Global Perspective. Washington, DC: AICR 2007.
3 International Agency for Research on Cancer. IARC Handbooks for Cancer Prevention, Vol. 1-14, 1997-2011. Lyon, France.
第5 結論
今回検討した文献によれば、膀胱がんと放射線被ばくに関する現時点の医学的知見について、以下のとおり取りまとめることができる。
1 被ばく線量について
膀胱がんを含む全固形がんを対象としたUNSCEAR等の知見では、被ばく線量が100から200mSv以上において統計的に有意なリスクの上昇は認められるものの、がんリスクの推定に用いる疫学的研究方法はおよそ100mSvまでの線量範囲でのがんのリスクを直接明らかにする力を持たないとされている。
膀胱がんに関する個別の文献では、膀胱がんの発症が統計的に有意に増加する最小被ばく線量を示す文献はなく、UNSCEAR等の知見を覆すエビデンスは得られなかった。
2 潜伏期間について
UNSCEAR等の知見では、固形がんの最小潜伏期間について、5年から10年としている。
膀胱がんに関する個別の文献では、放射線治療後から5年以降で膀胱がんの発症リスクに有意な増加が認められているものがある。
3 放射線被ばく以外のリスクファクター
膀胱がんには、放射線被ばく以外に、喫煙、芳香族アミン化合物(ベンジジン等)などへのばく露がリスクファクターとして知られている。
[別添1]
膀胱がんに関する文献一覧
1.Grant EJ, Ozasa K, Preston DL, Suyama A, Shimizu Y, Sakata R, Sugiyama H, Pham TM, Cologne J, Yamada M, De Roos AJ, Kopecky KJm Porter MP, Seixas N, Davis S (2012). Effects of radiation and lifestyle factors on risks of urothelial carcinoma in the Life Span Study of atomic bomb survivors. Radiat Res 178: 86-98.
2.Ozasa K, Shimizu Y, Suyama A, Kasagi F, Soda M, Grant EJ, Sakata R, Sugiyama H, Kodama K (2012). Studies of the mortality of atomic bomb survivors, Report 14, 1950-2003: an overview of cancer and noncancer diseases. Radiat Res 177: 229-243.
3.Zelefsky MJ, Housman DM, Pei X, Alicikus Z, Magsanoc JM, Dauer LT, St Germain J, Yamada Y, Kollmeier M, Cox B, Zhang Z (2012). Incidence of secondary cancer development after high-dose intensity-modulated radiotherapy and image-guided brachytherapy for the treatment of localized prostate cancer. Int J Radiat Oncol Biol Phys 83: 953-959.
4.Brown AP, Neeley ES, Werner T, Soisson AP, Burt RW, Gaffney DK (2010). A population-based study of subsequent primary malignancies after endometrial cancer: genetic, environmental, and treatment-related associations. Int J Radiat Oncol Biol Phys 78: 127-135.
5.Bhojani N, Capitanio U, Suardi N, Jeldres C, Isbarn H, Shariat SF, Graefen M, Arjane P, Duclos A, Lattouf JB, Saad F, Valiquette L, Montorsi F, Perrotte P, Karakiewicz PI (2010). The rate of secondary malignancies after radical prostatectomy versus external beam radiation therapy for localized prostate cancer: a population-based study on 17,845 patients. Int J Radiat Oncol Biol Phys 76: 342-348.
6.Bostrom PJ, Soloway MS, Manoharan M, Ayyathurai R, Samavedi S (2008). Bladder cancer after radiotherapy for prostate cancer: detailed analysis of pathological features and outcome after radical cystectomy. J Urol 179: 91-95.
7.M
ller AC, Ganswindt U, Bamberg M, Belka C (2007). Risk of second malignancies after prostate irradiation? Strahlenther Onkol 183: 605-609.
8.Liauw SL, Sylvester JE, Morris CG, Blasko JC, Grimm PD (2006). Second malignancies after prostate brachytherapy: incidence of bladder and colorectal cancers in patients with 15 years of potential follow-up. Int J Radiat Oncol Biol Phys 66: 669-673.
9.Shah SK, Lui PD, Baldwin DD, Ruckle HC (2006). Urothelial carcinoma after external beam radiation therapy for prostate cancer. J Urol 175: 2063-2066.
[別添2]
膀胱がんに関する疫学調査の概要
原爆被爆者を対象にした疫学調査
番号 |
報告者 |
報告年 |
対象 |
調査方法 |
対象者等 |
結果の概要 |
線量に関する情報 |
潜伏期間に関する情報 |
備考 |
1 |
Grantら |
2012 |
原爆被爆者 |
コホート研究 |
【対象者数】 LSS(がん罹患) 105,402人 【追跡期間】 1958―2001年 |
LSS集団の105,402人について1958年から2001年まで追跡するとともに、喫煙、果物・野菜の摂取、飲酒など生活習慣等に関する調査を63,827人に実施した。尿路上皮がん(注1)の発症リスクの推定値は、過剰相対リスク(ERR/Gyw(注2))が1.00(95%CI:0.43―1.78)であった。同リスクは、生活習慣等の因子の寄与を調整したうえで推計しても、ほとんど変わらなかった。 |
なし |
なし |
(注1)膀胱、尿管、腎盂を含む尿路で最も高い頻度で発生するがん。 (注2)Gywとは、ガンマ線成分に中性子成分の10倍を加えた線量。 |
2 |
Ozasaら |
2012 |
原爆被爆者 |
コホート研究 |
【対象者数】 LSS(がん死亡) 86,611人 【追跡期間】 1950―2003年 |
LSS集団の86,611人について1950年から2003年まで追跡した結果、30歳で被ばくした者の70歳における膀胱がん死亡リスクの推定値は、過剰相対リスク(ERR/Gy)が1.19(95%CI:0.27―2.65)、過剰絶対リスク(EAR/104人年/Gy)が1.2(95%CI:0.3―2.4)であった(いずれも男女平均)。なお、膀胱がんについては、線量区分ごとのリスクの解析は行われていない。 |
なし |
なし |
|
放射線診療を受けた患者を対象とした疫学調査
番号 |
報告者 |
報告年 |
対象 |
調査方法 |
対象者等 |
結果の概要 |
線量に関する情報 |
潜伏期間に関する情報 |
備考 |
3 |
Zelefskyら |
2012 |
前立腺がんのために放射線治療を受けた患者 |
コホート研究 |
【対象者数】 1,310人 【追跡期間】 外部照射を受けた者84か月、密封小線源治療を受けた者90か月(いずれも中央値) |
前立腺がんのために放射線治療を受けた患者1,310人を追跡した結果、照射野内臓器(大腸、膀胱、その他)の二次がんの発生数は、米国の監視疫学遠隔調査データ(Surveillance, Epidemiology, and End Results Program)に基づく一般集団のがん発生期待数と有意差がなかった。 |
なし |
なし |
|
4 |
Brownら |
2010 |
初発の子宮内膜がん患者 |
SEERデータベースに基づくコホート研究 |
【対象者数】 69,739人 【追跡期間】 11.2年(中央値)、757,567人年 |
米国の監視疫学遠隔調査データに基づいて、子宮内膜がんの患者69,739人を追跡。放射線治療を受けた患者で、膀胱がんのリスクが有意に高かった(観察数と期待数の比(O/E)=2.03 99%CI:1.73―2.37)。 発症時期との関係では、観察数と期待数の比(O/E)が照射後1.67(23~119か月)、2.13(120~239か月)、2.77(240か月以降)といずれの時期でも上昇し、診断までの期間が長くなるほど、膀胱がんの発症リスクは増加していた。 なお、30年間の膀胱がんの累積罹患率は、放射線治療なしが1.25%、密封小線源治療が2.14%、外部照射が2.71%、外部照射と密封小線源の組み合わせが3.48%であった。 |
なし |
なし |
|
5 |
Bhojaniら |
2010 |
前立腺がんの患者 |
データベースに基づくコホート研究 |
【対象者数】 17,845人 【追跡期間】 1983~2003年の間に原疾患の治療を受けた患者を対象 |
カナダケベック州の医療保険データベースを用い、根治的前立腺摘除術(対象8,455人)あるいは外照射放射線治療(対象9,390人)を受けた前立腺がん患者について、原疾患の治療から60か月(5年)以降に診断された二次がんを分析したところ、根治的前立腺摘除術群に対する外照射放射線治療群のハザード比は1.5(p=0.01)であった。治療後120か月(10年)以降の膀胱がんに限定した場合、ハザード比は2.0だが、有意とは判断できなかった(p=0.1)。 |
なし |
なし |
|
6 |
Bostromら |
2008 |
前立腺がんのために放射線治療を受けた患者 |
後ろ向きコホート研究 |
【対象者数】 前立腺がんに対する放射線治療歴のある者34人、放射線治療歴のない者316人 【調査対象期間】 1992年11月~2006年5月 |
前立腺がんの治療後、膀胱がんを発症し根治的膀胱摘除術を受けた患者のうち、前立腺がんへの放射線治療歴のある者34人、放射線治療歴のない者316人を比較した結果、放射線治療歴のある者は、ない者に比べて生存率が低かった。放射線治療から膀胱がんの診断までの期間は平均5年(中央値4.8年)であったが、前立腺がんの治療前に、低異型度で非浸潤性の膀胱がんを発症していた症例も含まれていた。 |
なし |
なし |
|
2007 |
前立腺がんのために放射線治療を受けた患者 |
文献レビュー |
1980年代半ば以降の文献 |
前立腺がんのために放射線治療を受けた患者における二次がんについて、1980年代半ば以降の文献を調査。 米国の監視疫学遠隔調査データを解析した文献では、4文献のうち3文献で膀胱がんのリスクが有意に増加していた。このうちの一つの論文において、放射線治療を受けた者と外科治療を受けた者との比較によると、膀胱がんの罹患の観察数と期待数の比(O/E)は照射から5年以内が1.0、5~8年が1.3、8年以降が1.5であった。 |
なし |
膀胱がんの罹患の観察数と期待数の比(O/E)は照射から5年以内が1.0、5~8年が1.3、8年以降が1.5であった。 |
|
||
8 |
Liauwら |
2006 |
前立腺がんのために放射線治療を受けた患者 |
後ろ向きコホート研究 |
【対象者数】 348人 【追跡期間】 I―125刺入のみを受けた者11.4年、外部照射と密封小線源治療を組み合わせた者10.2年(中央値) |
前立腺がんのために放射線治療を受けた患者348人(病巣部線量144~153Gy)を追跡し、米国の監視疫学遠隔調査データに基づく一般集団の膀胱がん罹患患者と比較した観察数と期待数の比(O/E)は、全期間について2.34(95%CI:1.26―3.42)、治療から5年以降について2.34(95%CI:0.95―3.72)であった。治療から5年以降に発生した11例の膀胱がんに関して、放射線治療から発症までの期間は、6年0か月~15年8か月であった。 |
なし |
なし |
|
9 |
Shahら |
2006 |
前立腺がんの放射線治療後に尿路上皮がんを発症した患者 |
症例シリーズ |
【対象者数】 11例の尿路上皮がん 【調査対象期間】 1990―2005年 |
膀胱がんと前立腺がんの両方の診断を受けた患者の診療録を調査した結果、125名中11名において、前立腺がんに対する外部照射治療を受けた後に、尿路上皮がん(膀胱がん)が新たに発生していた。 11例のうち4例は光子の外部照射のみを受けた患者(記録が得られた1例について病巣部線量75Gy)、7例は光子の外部照射と陽子線の追加照射を受けた患者(病巣部線量68~80Gy)に発生。放射線治療終了後、尿路上皮がんの診断までの期間は0.5~8年であった(平均4.04年)。 |
なし |
放射線治療終了後、尿路上皮がんの診断までの期間は平均4.04年(0.5~8年)であった。 |
|
「電離放射線障害の業務上外に関する検討会」報告書
喉頭がんと放射線被ばくに関する医学的知見について
平成27年1月
「電離放射線障害の業務上外に関する検討会」参集者名簿
○:座長
氏名 |
所属・役職・専門 |
明石あかし 真言まこと |
独立行政法人放射線医学総合研究所 理事 放射線被ばく医療と生化学、血液学 |
草間くさま 朋子ともこ |
東京医療保健大学 副学長 放射線防護学 |
祖父江そぶえ 友孝ともたか |
大阪大学大学院医学系研究科 社会環境医学講座環境医学 教授 がん疫学 |
伴ばん 信彦のぶひこ |
東京医療保健大学 東が丘看護学部 教授 放射線影響・放射線防護 |
別所べっしょ 正美まさみ |
埼玉医科大学 学長 血液内科学 |
○米倉よねくら 義晴よしはる |
独立行政法人放射線医学総合研究所 理事長 放射線医学 |
(五十音順)
喉頭がんと放射線被ばくに関する医学的知見について
第1 喉頭がんに関する文献レビュー結果
放射線誘発がんに関する疫学調査のうち、喉頭がんを個別に扱ったものは限られる。また、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)は、医学文献を部位別に広範なレビューを行っているが、喉頭がんについては部位別のレビューは行われていない。このため、「電離放射線障害の業務上外に関する検討会」では、放射線治療後の二次がんの症例報告も含めて、医学文献のレビューを行った。
米国国立医学図書館(National Library of Medicine)が運営する文献検索システムPubMedを用い、放射線誘発がん(Neoplasms, Radiation-Induced[MeSH])、喉頭腫瘍(Laryngeal neoplasms[MeSH])、放射線、電離(Radiation, Ionizing[Mesh])、疫学(epidemiology)、二次性・続発性(secondary)、有害効果(adverse effects)、放射線の影響(radiation effects)との用語を使用し、以下の条件
(“Laryngeal Neoplasms”[Mesh]) AND ((“Neoplasms, Radiation-Induced /epidemiology”[Mesh] OR “Neoplasms, Radiation-Induced / secondary”[Mesh]))
(“Laryngeal Neoplasms”[Mesh]) AND (“Radiation, Ionizing / adverse effects”[Mesh] OR “Radiation, Ionizing / radiation effects”[Mesh])
(“Laryngeal Neoplasms / epidemiology”[Mesh]) AND “Radiation, Ionizing”[Mesh]
を用いて、平成26年5月に文献を検索した。
上記検索によって抽出された文献のうち、放射線被ばくと喉頭がんの関連について明確な記述がないもの及び被ばく源としてラドンとその子孫核種のみが考慮されている疫学研究を除いて、レビューの対象とした。
また、上記検索によって抽出された文献に引用等されている文献のうち、有益と考えられるものをレビューの対象とした。
さらに、上記検索では抽出されなかったものの、放射線作業者を対象とした有益な疫学調査であるM
hnerら(2008年)の文献、及び、UNSCEAR2006年報告書で全固形がんのレビューに使用された喉頭がんについて記載がある文献もレビューの対象に加えた。
放射線被ばくと喉頭がんに関する疫学調査は、
① 放射線作業者を対象とした疫学調査
② 放射線診療を受けた患者を対象とした調査
に大別される。
上記文献の概要を以下に示す。なお、今回レビューした喉頭がんに関する文献一覧を別添1に、各文献の概要を別添2に示す。
1 放射線作業者を対象とした疫学調査
文献No.1 ドイツウラン鉱山労働者における電離放射線と喉頭がんのリスク(M
hnerら,2008)
旧東ドイツのウラン鉱山労働者における喉頭がんの554件の症例とがん登録されていない929件の対照を比較したものである。外部被ばくと喉頭がんリスクとの間には一貫した傾向が認められない。
文献No.2 スプリングフィールドにある燃料公社の施設で従事した労働者の死亡率とがんの罹患率1946年―1995年(McGeogheganら,2000)
英国のスプリングフィールドにある燃料公社の施設でウラン燃料製造と六フッ化ウランの生産に従事した479,146人年を対象とした。1995年末までに、放射線作業者のうち3,476人、非放射線作業者のうち1,356人が死亡した。部位別がんでは、口腔・咽頭、喉頭がんで潜伏期間を2年、10年、15年及び20年とした場合、累積外部被ばく線量との有意な関連は見出せなかった。
2 放射線診療を受けた患者を対象とした調査
文献No.3 放射線治療後の喉頭に発症した悪性線維性組織球腫:非典型的広範転移をきたした1例(Alessandriniら,2009)
喉頭の扁平上皮がん(T1aN0M0)に対して放射線治療を受けた男性患者(治療時70歳)に、喉頭の悪性線維性組織球腫が発生。病巣部の線量は、1か月にわたる治療の合計として45Gy(注)、放射線治療から腫瘍発生までの期間は5年であった。
(注) 論文中では45cGyと記載されているが、45Gyの間違いと思われる。
文献No.4 T1の声門がんに対して放射線治療を受けた患者における二次性悪性新生物(Fujitaら,1998)
T1の声門がんに対して放射線治療を受けた患者158人を後ろ向きコホートとして調査した結果(追跡期間中央値:62.5か月)、34人に36例の二次がんが見られ、そのうち8例が頭頸部腫瘍であった。
上気道・消化管の二次がんについての観察数と期待数の比(O/E)は5.53であった。
文献No.5 放射性誘発癌について(山下,1984)
良性疾患のために放射線治療を受けた患者25,618例中150例に誘発がんが発生。うち17例が喉頭がんで、被ばくより発症までの期間は10~50年(平均27.2年)であった。
悪性腫瘍のために放射線治療を受けた104,158例中76例に誘発がんが発生。うち7例が頭頸部腫瘍(喉頭がんを含むか否か明確な記載はない)で、被ばくより発症までの期間は6~33年(平均13.0年)であった。
文献No.6 喉頭がんの病因及び原因(Koufmanら,1997)
喉頭がんの病因・原因に関する文献レビュー。放射線被ばくから喉頭がん発症までの期間はかなり長いことを指摘し、最小潜伏期間については、根拠として下記の文献No.7を引用している。
文献No.7 喉頭がんに対して放射線治療を受けた患者における呼吸器官の二次がんの調査(Lundら,1982)
T1、T2の喉頭がんに対して放射線治療を受けた患者266人を後ろ向きコホートとして調査した結果、10人(男性9人、女性1人)に喉頭・咽頭領域の二次がんが見られた。病巣部の線量は4511~7623rad(注)、放射線治療終了から二次がんと診断されるまでの期間は6~17年であった。
(注) 45.11Gy~76.23Gy
文献No.8 咽頭・喉頭及び甲状腺に生じた放射線によるがんのレビュー(Goolden,1957)
頸部の放射線治療後に生じた咽頭がん、喉頭がんの症例に関する文献レビュー。喉頭がんの症例として、過去の文献から5例を紹介しており、放射線治療開始からがんの診断までの期間は8~16年。
文献No.9 放射線治療した部位に後発的に生じた咽頭・喉頭がん(HolingerとRabbett,1953)
頸部リンパ節結核のために頸部に放射線治療を受け、その後、喉頭・咽頭がんを発症した3名の症例報告。そのうち、2例は咽頭のみ、1例は咽頭の他喉頭にもがんが認められ、放射線治療からがんの診断までの期間は30年であった。
第2 文献レビュー結果のまとめ
1 被ばく線量に関するまとめ
放射線被ばくと喉頭がんについて、喉頭がんの発症・死亡が統計的に有意に増加する最小被ばく線量について記載された文献はない。
このことから、喉頭がんを含む全固形がんに関する解析に着目して、リスクが有意に増加する被ばく線量を確認することとする。
2 潜伏期間について
放射線治療から喉頭がんの発症までの時期について記載のある個別文献(文献No.3、5、7、8、9)があり、このうち放射線治療から喉頭がん発症までの期間は、5年(文献No.3)から50年(文献No.5)であった。
その他の文献には、放射線被ばくから喉頭がん発症までの潜伏期間に係る記載のある文献はない。
第3 全固形がんに関するUNSCEAR等の知見
放射線被ばくと全固形がんの関連については、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)や、UNSCEAR等の種々の知見に基づいて放射線防護に関する勧告を行っている国際放射線防護委員会(ICRP)が系統的なレビューを行っている。UNSCEAR及びICRPは、これらの結果を踏まえ、数年ごとに報告書を取りまとめており、その報告内容が全固形がんの情報として最も重要である。
一方、国内では、食品安全委員会が行った食品中に含まれる放射性物質に係る食品健康影響評価(2011年10月。以下「食品安全委員会の評価結果」という。)において、疫学調査の系統的なレビューが行われていることから、その結果も参考となると考えられる。
これらを整理すると以下のとおりとなる。
1 全固形がんの有意なリスク増加が認められる最小被ばく線量
UNSCEARは、2006年に放射線発がんの疫学に関する報告書をまとめるとともに、2010年には低線量放射線の健康影響に関して、それまでの報告書の内容を要約したものを発表している。これによれば、固形がんについて「100から200mGy以上において、統計的に有意なリスクの上昇が観察される。」と述べている。
100mSv未満の被ばくによるがんのリスクの増加については、ICRPが、2007年勧告で「がんリスクの推定に用いる疫学的研究方法は、およそ100mSvまでの線量範囲でのがんのリスクを直接明らかにする力を持たないという一般的な合意がある。」としている。
一方、食品安全委員会の評価結果では、多数の疫学調査を検討した上で、「食品安全委員会が検討した範囲においては、放射線による影響が見いだされているのは、通常の一般生活において受ける放射線量を除いた生涯における累積の実効線量として、おおよそ100mSv以上と判断した。」「100mSv未満の線量における放射線の健康影響については、疫学研究で健康影響がみられたとの報告はあるが、信頼のおけるデータと判断することは困難であった。種々の要因により、低線量の放射線による健康影響を疫学調査で検証し得ていない可能性を否定することもできず、追加の累積線量として100mSv未満の健康影響について言及することは現在得られている知見からは困難であった。」とされている。
2 放射線誘発がんの最小潜伏期間
UNSCEAR2006年報告書では、「固形がんについては、治療で照射された多くの集団において被ばく後5年から10年の間に過剰リスクがはっきり現れる。」とされている。
また、ICRPの1990年勧告(Publication 60)では、「ヒトでは放射線被ばくとがんの認知とのあいだの期間は多くの年月にわたって続く。この期間は潜伏期と呼ばれる。潜伏期の中央値は誘発白血病の場合約8年、乳がんと肺がんのような多くの誘発固形がんの場合はその2倍から3倍のようである。最小潜伏期は、被ばく後に特定の放射線誘発がんの発生がわかっているかまたは起こったと信じられる最短の期間である。この最小潜伏期は、急性骨髄性白血病については約2年であり、他のがんについては5から10年のオーダーである。」とされている。
第4 喉頭がんのリスクファクター
がんの主な原因には生活習慣や慢性感染があり、年齢とともにリスクが高まるが、喉頭がんには、放射線被ばく以外に、喫煙、飲酒、酸性ミストなどへのばく露がリスクファクターとして知られている(注)。
(注)参考文献
1 International Agency for Research on Cancer. IARC Monographs on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans, Vol.1-110, 1987-2014. Lyon, France.
2 World Cancer Research Fund/American Institute for Cancer Research. Food, Nutrition, Physical Activity, and the Prevention of Cancer: A Global Perspective. Washington, DC: AICR 2007.
3 International Agency for Research on Cancer. IARC Handbooks for Cancer Prevention, Vol. 1-14, 1997-2011. Lyon, France.
第5 結論
今回検討した文献によれば、喉頭がんと放射線被ばくに関する現時点の医学的知見について、以下のとおり取りまとめることができる。
1 被ばく線量について
喉頭がんを含む全固形がんを対象としたUNSCEAR等の知見では、被ばく線量が100から200mSv以上において統計的に有意なリスクの上昇は認められるものの、がんリスクの推定に用いる疫学的研究方法はおよそ100mSvまでの線量範囲でのがんのリスクを直接明らかにする力を持たないとされている。
喉頭がんに関する個別の文献では、喉頭がんの発症が統計的に有意に増加する最小被ばく線量を示す文献はなく、UNSCEAR等の知見を覆すエビデンスは得られなかった。
2 潜伏期間について
UNSCEAR等の知見では、固形がんの最小潜伏期間について、5年から10年としている。
喉頭がんに関する個別の文献では、放射線治療から5年以降に喉頭がんが発症している症例が認められているものがある。
3 放射線被ばく以外のリスクファクター
喉頭がんには、放射線被ばく以外に、喫煙、飲酒、酸性ミストなどへのばく露がリスクファクターとして知られている。
[別添1]
喉頭がんに関する文献一覧
1.M
hner M, Lindtner M, Otten H (2008). Ionizing radiation and risk of laryngeal cancer among German uranium miners. Health Phys 95: 725-733.
2.McGeoghegan D, Binks K (2000). The mortality and cancer morbidity experience of workers at the Springfields uranium production facility, 1945-95. J. Radiol. Prot 20: 111-137.
3.Alessandrini M, De Padova A, Saccoccio A, Ambrogi V, Napolitano B, Palmieri G, Bruno E (2009). Post-irradiation malignant fibrous histiocytoma of the larynx: A case report with an unusual metastatic spread pattern. Auris Nasus Larynx 36: 609-613.
4.Fujita M, Rudoltz MS, Canady DJ, Patel P, Machtay M, Pittard MQ, Mohiuddin M, Regine WF (1998). Second malignant neoplasia in patients with T1 glottic cancer treated with radiation. Laryngoscope 108: 1853-1855.
5.山下久雄(1984).放射線誘発癌について.癌の臨床 30: 1595―1603.
6.Koufman JA, Burke AJ (1997). The etiology and pathogenesis of laryngeal carcinoma. Otolaryngol Clin North Am 30(1):1-19.
7.Lund V, Sawyer R, Papavasiliou A (1982). Second respiratory tract carcinomas following radiotherapy to the larynx. Clin Oncol 8: 201-206.
8.Goolden AWG (1957). Radiation cancer. A Review with special reference to radiation tumours in the pharynx, larynx, and thyroid. Br J Radiol 30: 626-640.
9.Holinger PH, Rabbett WF (1953). Late development of laryngeal and pharyngeal carcinoma in previously irradiated areas. Laryngoscope 63: 105-112.
[別添2]
喉頭がんに関する疫学調査の概要
放射線作業者を対象とした疫学調査
番号 |
報告者 |
報告 |
対象 |
調査方法 |
対象者等 |
結果の概要 |
線量に関する情報 |
潜伏期間に関する情報 |
備考 |
1 |
M |
2008 |
ウラン鉱山労働者 |
症例対照研究 |
旧東ドイツのウラン鉱山労働者における喉頭がん554件の症例、がん登録されていない929件 |
旧東ドイツのウラン鉱山労働者における喉頭がんの554件の症例とがん登録されていない929件の対照を比較したものである。外部被ばくと喉頭がんリスクとの間には一貫した傾向が認められない。 |
なし |
なし |
|
2 |
McGeogheganら |
2000 |
放射線作業者 |
コホート研究 |
ウラン燃料製造と六フッ化ウランの生産に従事した者479,146人年 |
英国のスプリングフィールドにある燃料公社の施設でウラン燃料製造と六フッ化ウランの生産に従事した479,146人年を対象とした。1995年末までに放射線作業者のうち3,476人、非放射線作業者のうち1,356人が死亡した。部位別がんでは、口腔・咽頭、喉頭がんで潜伏期間を2年、10年、15年及び20年とした場合、累積外部被ばく線量との有意な関連は見出せなかった。 |
なし |
なし |
|
放射線診療を受けた患者を対象とした疫学調査
番号 |
報告者 |
報告 |
対象 |
調査方法 |
対象者等 |
結果の概要 |
線量に関する情報 |
潜伏期間に関する情報 |
備考 |
3 |
Alessandriniら |
2009 |
放射線治療患者 |
症例報告 |
喉頭の扁平上皮癌に対して放射線治療を受けた男性患者 |
喉頭の扁平上皮がん(T1aN0M0)に対して放射線治療を受けた男性患者(治療時70歳)に、喉頭の悪性線維性組織球腫が発生。病巣部の線量は、1か月にわたる治療の合計として45Gy(注)、放射線治療から腫瘍発生までの期間は5年であった。 |
なし |
放射線治療から腫瘍発生までの期間5年 |
(注)文献中では、合計線量は45cGyと記載されているが、正しくは45Gyだと思われる。 |
4 |
Fujitaら |
1998 |
放射線治療患者 |
後ろ向きコホート研究 |
T1の声門がんに対して放射線治療を受けた患者158人(追跡期間中央値:62.5か月) |
T1の声門がんに対して放射線治療を受けた患者158人を後ろ向きコホートとして調査した結果(追跡期間中央値:62.5か月)、34人に36例の二次がんが見られ、そのうち8例が頭頸部腫瘍であった。 上気道・消化管の二次がんについての観察数と期待数の比(O/E)は5.53であった。 |
なし |
なし |
|
5 |
山下 |
1984 |
放射線治療患者 |
二次がん症例の集計 |
良性疾患のために放射線治療を受けた患者 25,618瘍のために放射線治療を受けた104,158例 |
良性疾患のために放射線治療を受けた患者25,618例中150例に誘発がんが発生。うち17例が喉頭がんで、被ばくより発症までの期間は10~50年(平均27.2年)であった。 悪性腫瘍のために放射線治療を受けた104,158例中76例に誘発がんが発生。うち7例が頭頸部腫瘍(喉頭がんを含むか否か明確な記載はない)で、被ばくより発症までの期間は6~33年(平均13.0年)であった。 |
なし |
被ばくより発症までの期間10~50年(平均27.2年)。 |
|
6 |
Koufmanら |
1997 |
喉頭がんの病因・原因に係る考察 |
文献レビュー |
|
喉頭がんの病因・原因に関する文献レビュー。放射線被ばくから喉頭がん発症までの期間はかなり長いことを指摘し、最小潜伏期間については、根拠として下記の文献No.7を引用している。 |
なし |
なし |
|
7 |
Lundら |
1982 |
放射線治療患者 |
後ろ向きコホート研究 |
T1、T2の喉頭がんに対して放射線治療を受けた患者266人 |
T1、T2の喉頭がんに対して放射線治療を受けた患者266人を後ろ向きコホートとして調査した結果、10人(男性9人、女性1人)に喉頭・咽頭領域の二次がんが見られた。病巣部の線量は4511~7623rad(注)、放射線治療終了から二次がんと診断されるまでの期間は6~17年であった。 |
なし |
放射線治療終了から二次がんと診断までの期間6~17年 |
(注)45.11Gy~76.23Gy |
8 |
Goolden |
1957 |
放射線治療患者 |
文献レビュー |
|
頸部の放射線治療後に生じた咽頭がん、喉頭がんの症例に関する文献レビュー。喉頭がんの症例として、過去の文献から5例を紹介しており、放射線治療開始からがんの診断までの期間は8~16年。 |
なし |
放射線治療開始からがんの診断までの期間8~16年 |
|
9 |
HolingerとRabbett |
1953 |
放射線治療患者 |
症例報告 |
頸部に放射線治療を受けた患者3人 |
頸部リンパ節結核のために頸部に放射線治療を受け、その後、喉頭・咽頭がんを発症した3名の症例報告。そのうち、2例は咽頭のみ、1例は咽頭の他喉頭にもがんが認められ、放射線治療からがんの診断までの期間は30年であった。 |
なし |
喉頭にがんが認められた1例について、放射線治療からがんの診断までの期間30年 |
|
「電離放射線障害の業務上外に関する検討会」報告書
肺がんと放射線被ばくに関する医学的知見について
平成27年1月
「電離放射線障害の業務上外に関する検討会」参集者名簿
○:座長
氏名 |
所属・役職・専門 |
明石あかし 真言まこと |
独立行政法人放射線医学総合研究所 理事 放射線被ばく医療と生化学、血液学 |
草間くさま 朋子ともこ |
東京医療保健大学 副学長 放射線防護学 |
祖父江そぶえ 友孝ともたか |
大阪大学大学院医学系研究科 社会環境医学講座環境医学 教授 がん疫学 |
伴ばん 信彦のぶひこ |
東京医療保健大学 東が丘看護学部 教授 放射線影響・放射線防護 |
別所べっしょ 正美まさみ |
埼玉医科大学 学長 血液内科学 |
○米倉よねくら 義晴よしはる |
独立行政法人放射線医学総合研究所 理事長 放射線医学 |
(五十音順)
肺がんと放射線被ばくに関する医学的知見について
第1 肺がんに関する原子放射線の影響に関する国連科学委員会報告書及び最近の文献レビュー結果
放射線被ばくによる肺がんについては、これまで種々の医学文献が存在し、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)が、これらの医学文献を部位別に広範なレビューを行い、その結果を2006年報告書に記載している。
「電離放射線障害の業務上外に関する検討会」では、その内容を妥当と判断した。さらに、同報告書には含まれていない最近の医学文献のレビューを行った。
1 UNSCEAR2006年報告書における肺がんの要約
UNSCEAR2006年報告書附属書Aでは、原爆被爆者、医療で高線量の被ばくを受けた方、及びマヤックの高線量被ばく労働者のデータでは、肺がんのリスクについて、低LET放射線の外部被ばくとの関係が示されている。
低線量で長期に渡る被ばくに関する多くの研究では、肺がんに関して線量―反応関係はみられないが、これは統計的検出力に限界があるためかもしれない。
2 肺がんに関する最近の文献のレビュー
米国国立医学図書館(National Library of Medicine)が運営する文献検索システムPubMedを用い、放射線誘発がん(Neoplasms, Radiation-Induced[MeSH])、肺腫瘍(Lung Neoplasms[MeSH])、ラドンを除く(NOT Radon[MeSH])、疫学(epidemiology)、二次性・続発性(secondary)との用語を使用し、以下の条件
((((“Neoplasms, Radiation-Induced/epidemiology”[Mesh] OR “Neoplasms, Radiation-Induced/secondary”[Mesh]))) AND “Lung Neoplasms”[Mesh]) NOT “Radon”[Mesh]
を用いて、2006年以降の文献を平成26年5月に検索した。
上記検索によって抽出された文献のうち、既発表データからのリスク評価のみの文献、メタアナリシスを含まない文献レビュー等を除外してレビューした。
放射線被ばくと肺がんに関する疫学調査は、
① 原爆被爆者を対象とした疫学調査
② 放射線作業者を対象とした疫学調査
③ 放射線診療を受けた患者を対象とした調査
に大別される。
上記文献の概要を以下に示す。なお、今回レビューした肺がんに関する文献一覧を別添1に、各文献の概要を別添2に示す。
(1) 原爆被爆者を対象とした疫学調査
文献No.1 原爆被爆者の組織型別の肺がん発生に関する放射線と喫煙の影響(Egawaら,2012)
LSS集団の105,404人について1958~1999年の追跡をした結果、肺がんの発症者は1,803人であった。組織型別の発症者は、腺がん636人、扁平上皮がん330人、小細胞がん194人であった。3つのタイプの肺がんともに、喫煙及び放射線の有意なリスクの増加が認められた。到達年齢70歳の過剰相対リスク(ERR)は、小細胞がん1.49/Gy(95%CI:0.1―4.6)、腺がん0.75/Gy(95%CI:0.3―1.3)、扁平上皮がん0.27/Gy(95%CI:0.0―1.5)であった。
(2) 放射線作業者を対象とした疫学調査
文献No.2 ポーツマスの海軍造船所における肺がんリスクと電離放射線被ばくに関するコホート内症例対照調査(Yiinら,2007)
交絡因子として性、放射線管理状況、喫煙、社会的な状況、出生コホート、有機溶剤、アスベストに注目して、肺がんリスクと外部被ばくとの関係について、ポーツマス海軍造船所の作業者を対象に症例対照研究を行った。1952~1992年のポーツマス海軍造船所の就労者37,853人の中の肺がんによる死亡者(症例群)は1,097人であった。
年齢をマッチングした3,291人を対照群(非肺がん)とし、条件付きロジスティック回帰分析を行った。肺がんのリスクは、職業被ばく線量と弱い関連が認められ、対数線形モデルを仮定した場合の10mSvでのオッズ比(OR)は、1.02(95%CI:0.99―1.04)で、線形モデルを仮定した場合の過剰相対リスク(ERR)は1.9%/10mSv(95%CI:-0.9―6.6%/10mSv)であった。
文献No.3 核燃料加工施設の作業者の肺がん死亡率(Richardsonら,2006)
1947~1974年に雇用された就労者3,864人を対象に、1990年まで調査した。
111人が肺がんで死亡している。累積被ばく線量の増加とともに肺がん死亡率が増加する傾向が見られた。10mSv当たりの肺がん死亡率の増加率は、0.55%であった。35歳以下の被ばくは関連がみられず、35~50歳及び50歳以上の職業被ばくが肺がん死亡率に関連がみられた。
線量と肺がんの発症の関係は、外部被ばくと内部被ばく線量の推定に不確定要素があるとともに、放射線以外の発がん物質に関する作業者の情報が不足しており、明らかでない。
文献No.4 ウランガス拡散工場の作業者の肺がん死亡率:コホート研究(Figgsら,2013)
1952~2003年にパデューカウランガス拡散プラント(PGDP)で就労していた6,820人の作業者を対象に分析した。全死亡者1,674人中、147人が肺がんによる死亡であった。ロジスティック及び比例ハザードモデルを用いて分析した。
427.63mrem以上の外部被ばく線量及び就労期間が11.84年以上の作業者群に、肺がんリスクの上昇が認められ、肺がん死亡は、被ばく線量の増加及び就労期間に関係している。
肺がん死亡者は、ヒ素、ニッケル、その他の化学物質の取扱業務にも従事していた。人種、性、年齢を調整の上、低被ばく(427.63mrem以下)を比較基準として求めたオッズ比(OR)は、中被ばく(427.63―1096.25mrem)で1.30(95%CI:1.00―1.80)で、高被ばく(1097.25mrem以上)で1.12(95%CI:0.86―1.53)であった。就労期間を調整したオッズ比(OR)は、中期間就労者(3.5~11.8年)1.6(95%CI:0.7―3.2)、長期就労者(11.8年以上)1.9(95%CI:1.1―3.4)であった。
文献No.5 アメリカの超ウラン及びウラン関連作業者の放射線被ばくと中皮腫に関する分析(Gibbら,2013)
ウラン及び超ウラン元素を取り扱う作業者について、特定死因死亡比(PMR)及び特定部位がん死亡比(PCMR)を算出した。アメリカの労働安全衛生生命表解析システム(Occupational Safety and Health Life Table Analysis System)のデータを標準データとした。気管、気管支、肺がんによる死亡は35人で、特定死因死亡比(PMR、1.16(95%CI:0.81―1.62))及び特定部位がん死亡比(PCMR、0.87(95%CI:0.60―1.18))ともに有意な増加傾向は認められなかった。
(3) 放射線診療を受けた患者を対象とした調査
文献No.6 限局性前立腺がんに対する根治的前立腺摘除後及び外照射療法後の二次性悪性腫瘍の率:17,845人の患者についての集団ベースの研究(Bhojaniら,2010)
カナダケベック州の医療保険データベースを用い、根治的前立腺摘除術(対象8,455人)あるいは外照射放射線治療(9,390人)を受けた前立腺がん患者について、原疾患の治療から60ヶ月(5年)以降に診断された二次がんを分析したところ、根治的前立腺摘除群に対する外照射放射線治療群の肺の二次がんのハザード比は、2.0(p=0.004)となり有意であった。
文献No.7 SEERがん登録における乳がんの放射線治療後の二次固形がん(Berringtonら,2010)
米国の監視疫学遠隔調査データ(「Surveillance Epidemiology and End Results Program」、以下同じ。)を用いて、1973~2000年に乳がんと診断され、5年以上生存した182,057人の女性における二次がん症例について、放射線治療などとの関係を調査した。2005年末までに(追跡期間中央値13.0年)15,498人が二次がんを発症し、そのうち肺がんは外科療法と放射線療法をともに受けた群で814人、外科療法だけを受けた群に1,387人含まれていた。
放射線療法で1Gy以上の線量を受けた部位の群(肺を含む)では手術+放射線治療群の二次性肺がんに関する標準化罹患比(SIR)は1.21(p<0.05)と有意に増加した。また、同群の肺がんの相対リスク(RR)は1.38(95%CI:1.26―1.51)と有意に増加し、照射と同側の肺がんでは1.54(95%CI:1.36―1.75)と対側1.18(95%CI:1.02―1.35)に比べ有意に増加した。
文献No.8 乳がんの放射線治療と喫煙が原発性二次肺がんのリスクに与える影響(Kaufmanら,2008)
1965~1989年に診断され、米国コネチカット州腫瘍登録に登録された女性乳がん患者を対象に、コホート内症例対照研究が行われた。症例群は、乳がんの外科手術を受けた後に放射線治療を受けた患者で、診断から10年以上経過後に肺がんを発症した患者113人で、対照群は、年齢、乳がん診断年、生存期間を症例とマッチさせた患者364人とした。乳房切除後の放射線治療(PMRT)と喫煙が二次肺がんに与える影響が解析された。
喫煙及び飲酒の影響を調整した上で後の放射線治療が肺がんに与える影響を示すオッズ比(OR)は1.2(95%CI:0.8―2.0)となり、有意ではなかったが、乳がんと同側の肺がんに着目した場合、オッズ比(OR)は1.9(95%CI:1.1―3.4)で有意となった。
文献No.9 小児がん生存者におけるその後の癌腫のリスク:小児がん生存者研究からの報告(Bassalら,2006)
小児がん生存者研究(Childhood Cancer Survivor Study)の一環として、1970~1986年に21歳未満でがんと診断され(乳房、甲状腺、皮膚を除く)、5年間以上生存していた患者13,136人を対象に、米国の監視疫学遠隔調査データを用いてその後の悪性腫瘍を調べた。
二次性のがんが合計71人確認され(診断時年齢の中央値27歳、経過年数の中央値15年)、そのうち、肺がんは4人であった。二次性肺がんの4人はすべて放射線治療を受けており、その二次性肺がんはいずれも照射野のものであった。
一般集団を基準とした肺がんの標準化罹患比(SIR)は3.1(95%CI:1.2―8.2)であったが、放射線治療を受けた患者に解析を限定した場合、肺がんの標準化罹患比(SIR)は4.7(95%CI:1.8―12.5)となった。
文献No.10 化学放射線療法が成功したステージⅢの非小細胞肺がん患者における原発性二次がん(Kawaguchiら,2006)
我が国での調査報告。国立病院肺がん研究グループが有するデータベースを用い、1985~1995年にステージⅢの非小細胞肺がんで化学放射線療法を受け、その後3年以上疾患を発症しなかった患者62人の情報を解析した。
原発性の二次がんである肺がんを発症したのは、2人で、治療からそれぞれ5.6年と7.9年であった。地域がん登録のデータを用いて期待数を計算し、観察数と期待数の比(O/E)を算出した場合、その比は全がんで2.8(95%CI:1.3―5.3)、肺がんで4.0(95%CI:0.4―7.2)などとなった。二次がんリスクは治療後の時間経過とともに有意に増加した(治療7年後以降では、5.2倍)。
第2 文献レビュー結果のまとめ
1 被ばく線量に関するまとめ
放射線被ばくと肺がんについて、UNSCEAR2006年報告書においては、原爆被爆者や放射線治療患者のリスクについて、外部被ばくとの関係が記載されているが、肺がんの発症・死亡に関して統計的に有意な増加が認められる最小被ばく線量は記載されていない。
個別文献では、乳がんと診断された患者における放射線治療後の二次がん症例について検討したもの(文献No.7)において、肺を含め、1Gy以上の線量を受けた臓器に関して、二次性の肺がんの標準化罹患比(SIR)が有意に増加したとされている。
この文献を含め、肺がんの発症・死亡が統計的に有意に増加する最小被ばく線量について記載されたものはない。
このことから、肺がんを含む全固形がんに関する解析に着目して、リスクが有意に増加する被ばく線量を確認することとする。
2 潜伏期間について
UNSCEAR2006年報告書には、肺がんの潜伏期間について特段の記載は見られない。
個別文献において、潜伏期間について記載したものはなかった。
第3 全固形がんに関するUNSCEAR等の知見
放射線被ばくと全固形がんの関連については、原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)や、UNSCEAR等の種々の知見に基づいて放射線防護に関する勧告を行っている国際放射線防護委員会(ICRP)が系統的なレビューを行っている。UNSCEAR及びICRPは、これらの結果を踏まえ、数年ごとに報告書を取りまとめており、その報告内容が全固形がんの情報として最も重要である。
一方、国内では、食品安全委員会が行った食品中に含まれる放射性物質に係る食品健康影響評価(2011年10月。以下「食品安全委員会の評価結果」という。)において、疫学調査の系統的なレビューが行われていることから、その結果も参考となると考えられる。
これらを整理すると以下のとおりとなる。
1 全固形がんの有意なリスク増加が認められる最小被ばく線量
UNSCEARは、2006年に放射線発がんの疫学に関する報告書をまとめるとともに、2010年には低線量放射線の健康影響に関して、それまでの報告書の内容を要約したものを発表している。これによれば、固形がんについて「100から200mGy以上において、統計的に有意なリスクの上昇が観察される。」と述べている。
100mSv未満の被ばくによるがんのリスクの増加については、ICRPが、2007年勧告で「がんリスクの推定に用いる疫学的研究方法は、およそ100mSvまでの線量範囲でのがんのリスクを直接明らかにする力を持たないという一般的な合意がある。」としている。
一方、食品安全委員会の評価結果では、多数の疫学調査を検討した上で、「食品安全委員会が検討した範囲においては、放射線による影響が見いだされているのは、通常の一般生活において受ける放射線量を除いた生涯における累積の実効線量として、おおよそ100mSv以上と判断した。」「100mSv未満の線量における放射線の健康影響については、疫学研究で健康影響がみられたとの報告はあるが、信頼のおけるデータと判断することは困難であった。種々の要因により、低線量の放射線による健康影響を疫学調査で検証し得ていない可能性を否定することもできず、追加の累積線量として100mSv未満の健康影響について言及することは現在得られている知見からは困難であった。」とされている。
2 放射線誘発がんの最小潜伏期間
UNSCEAR2006年報告書では、「固形がんについては、治療で照射された多くの集団において被ばく後5年から10年の間に過剰リスクがはっきり現れる。」とされている。
また、ICRPの1990年勧告(Publication 60)では、「ヒトでは放射線被ばくとがんの認知とのあいだの期間は多くの年月にわたって続く。この期間は潜伏期と呼ばれる。潜伏期の中央値は誘発白血病の場合約8年、乳がんと肺がんのような多くの誘発固形がんの場合はその2倍から3倍のようである。最小潜伏期は、被ばく後に特定の放射線誘発がんの発生がわかっているかまたは起こったと信じられる最短の期間である。この最小潜伏期は、急性骨髄性白血病については約2年であり、他のがんについては5から10年のオーダーである。」とされている。
第4 肺がんのリスクファクター
がんの主な原因には生活習慣や慢性感染があり、年齢とともにリスクが高まるが、肺がんには、放射線被ばく以外に、喫煙、石綿、ベリリウム、コールタール及びシリカなどの鉱物又は化学物質などへのばく露がリスクファクターとして知られている(注)。
(注)参考文献
1 International Agency for Research on Cancer. IARC Monographs on the Evaluation of Carcinogenic Risks to Humans, Vol.1-110, 1987-2014. Lyon, France.
2 World Cancer Research Fund/American Institute for Cancer Research. Food, Nutrition, Physical Activity, and the Prevention of Cancer: A Global Perspective. Washington, DC: AICR 2007.
3 International Agency for Research on Cancer. IARC Handbooks for Cancer Prevention, Vol.1-14, 1997-21011. Lyon, France.
第5 結論
今回検討した文献によれば、肺がんと放射線被ばくに関する現時点の医学的知見について、以下のとおり取りまとめることができる。
1 被ばく線量について
肺がんを含む全固形がんを対象としたUNSCEAR等の知見では、被ばく線量が100から200mSv以上において統計的に有意なリスクの上昇は認められるものの、がんリスクの推定に用いる疫学的研究方法はおよそ100mSvまでの線量範囲でのがんのリスクを直接明らかにする力を持たないとされている。
肺がんに関する個別の文献では、肺がんの発症が統計的に有意に増加する最小被ばく線量を示す文献はなく、UNSCEAR等の知見を覆すエビデンスは得られなかった。
2 潜伏期間について
UNSCEAR等の知見では、固形がんの最小潜伏期間について、5年から10年としている。
肺がんに関する個別の文献では、潜伏期間について記載されたものはなかった。
3 放射線被ばく以外のリスクファクター
肺がんには、放射線被ばく以外に、喫煙、石綿、ベリリウム、コールタール及びシリカなどの鉱物又は化学物質などへのばく露がリスクファクターとして知られている。
[別添1]
肺がんに関する文献一覧
1.Egawa H, Furukawa K, Preston D, Funamoto S, Yonehara S, Matsuo T, Tokuoka S, Suyama A, Ozasa K, Kodama K, Mabuchi K (2012). Radiation and smoking effects on lung cancer incidence by histological types among atomic bomb survivors. Radiat Res. 178(3): 191-201.
2.Yiin JH, Silver SR, Daniels RD, Zaebst DD, Seel EA, Kubale TL (2007). A nestedcase-control study of lung cancer risk and ionizing radiation exposure at the portsmouth naval shipyard. Radiat Res 168(3): 341-8.
3.Richardson DB, Wing S (2006) Lung cancer mortality among workers at a nuclear materials fabrication plant. Am J Ind Med 49(2): 102-11.
4.Figgs LW (2013) Lung cancer mortality among uranium gaseous diffusion plant workers: a cohort study 1952-2004. Int J Occup Environ Med 4(3): 128-40.
5.Gibb H, Fulcher K, Nagarajan S, McCord S, Fallahian NA, Hoffman HJ, Haver C, Tolmachev S (2013) Analyses of radiation and mesothelioma in the US Transuranium and Uranium Registries. Am J Public Health 103(4): 710-6.
6.Bhojani N, Capitanio U, Suardi N, Jeldres C, Isbarn H, Shariat SF, Graefen M, Arjane P, Duclos A, Lattouf JB, Saad F, Valiquette L, Montorsi F, Perrotte P, Karakiewicz PI (2010) The rate of secondary malignancies after radical prostatectomy versus external beam radiation therapy for localized prostate cancer: a population-based study on 17,845 patients. Int J Radiat Oncol Biol Phys 76(2): 342-8.
7.Berrington de Gonzalez A, Curtis RE, Gilbert E, Berg CD, Smith SA, Stovall M, Ron E (2010) Second solid cancers after radiotherapy for breast cancer in SEER cancer registries. Br J Cancer 102(1): 220-6.
8.Kaufman EL, Jacobson JS, Hershman DL, Desai M, Neugut AI (2008) Effect of breast cancer radiotherapy and cigarette smoking on risk of second primary lung cancer. J Clin Oncol 26(3): 392-8.
9.Bassal M, Mertens AC, Taylor L, Neglia JP, Greffe BS, Hammond S, Ronckers CM, Friedman DL, Stovall M, Yasui YY, Robison LL, Meadows AT, Kadan-Lottick NS (2006) Risk of selected subsequent carcinomas in survivors of childhood cancer: a report from the Childhood Cancer Survivor Study. J Clin Oncol 24(3): 476-83.
10.Kawaguchi T, Matsumura A, Iuchi K, Ishikawa S, Maeda H, Fukai S, Komatsu H, Kawahara M (2006) Second primary cancers in patients with stage Ⅲ non-small cell lung cancer successfully treated with chemo-radiotherapy. Jpn J Clin Oncol 36(1): 7-11.
[別添2]
肺がんに関する疫学調査の概要
原爆被爆者を対象とした疫学調査
番号 |
報告者 |
報告年 |
対象 |
調査方法 |
対象者等 |
結果の概要 |
線量に関する情報 |
潜伏期間に関する情報 |
備考 |
1 |
Egawaら |
2012 |
原爆被爆者 |
コホート研究 |
【対象者数】 105,404人(LSS) 【追跡期間】 1958―1999年 |
LSS集団の105,404人について1958~1999年の追跡をした結果、肺がんの発症者は1,803人であった。組織型別の発症者は、腺がん636人、扁平上皮がん330人、小細胞がん194人であった。3つのタイプの肺がんともに、喫煙及び放射線の有意なリスクの増加が認められた。到達年齢70歳の過剰相対リスク(ERR)は、小細胞がん1.49/Gy(95%CI:0.1―4.6)、腺がん0.75/Gy(95%CI:0.3―1.3)、扁平上皮がん0.27/Gy(95%CI:0.0―1.5)であった。 |
なし |
なし |
|
放射線作業者を対象とした疫学調査
番号 |
報告者 |
報告年 |
対象 |
調査方法 |
対象者等 |
結果の概要 |
線量に関する情報 |
潜伏期間に関する情報 |
備考 |
2 |
Yiinら |
2007 |
米国ポーツマス海軍造船所の軍属 |
コホート内症例対照研究 |
【対象者数】 1952~1992年の間に雇用された者のうち、症例(肺がん死亡)群1,097人、対照(非肺がん)群3,291人 【追跡期間】 1996年末まで |
交絡因子として性、放射線管理状況、喫煙、社会的な状況、出生コホート、有機溶剤、アスベストに注目して、肺がんリスクと外部被ばくとの関係について、ポーツマス海軍造船所の作業者を対象に症例対照研究を行った。1952~1992年のポーツマス海軍造船所の就労者37,853人の中の肺がんによる死亡者(症例群)は1,097人であった。年齢をマッチングした3,291人を対照群(非肺がん)とし、条件付きロジスティック回帰分析を行った。肺がんのリスクは、職業被ばく線量と弱い関連が認められ、対数線形モデルを仮定した場合の10mSvでのオッズ比(OR)は、1.02(95%CI:0.99―1.04)で、線形モデルを仮定した場合の過剰相対リスク(ERR)は1.9%/10mSv(95%CI:-0.9―6.6%/10mSv)であった。 |
なし |
なし |
|
3 |
Richardsonら |
2006 |
米国テネシー州オークリッジ核施設労働者 |
コホート内症例対照研究 |
【対象者数】 3,864人 肺がんによる死亡111例と各症例にマッチさせた対照(1947年5月~1974年の間に雇用された者) 【追跡期間】 1990年末まで |
1947~1974年に雇用された就労者3,864人を対象に、1990年まで調査した。 111人が肺がんで死亡している。累積被ばく線量の増加とともに肺がん死亡率が増加する傾向が見られた。10mSv当たりの肺がん死亡率の増加率は、0.55%であった。35歳以下の被ばくは関連がみられず、35~50歳及び50歳以上の職業被ばくが肺がん死亡率に関連がみられた。 線量と肺がんの発症の関係は、外部被ばくと内部被ばく線量の推定に不確定要素があるとともに、放射線以外の発がん物質に関する作業者の情報が不足しており、明らかでない。 |
なし |
なし |
|
4 |
Figgsら |
2013 |
米国ウランガス拡散工場の労働者 |
コホート研究、コホート内症例対照研究 |
【対象者数】 6,820人 【追跡期間】 1952年9月~2003年12月の間に6か月以上就労した者を2004年末まで追跡 |
1952~2003年にパデューカウランガス拡散プラント(PGDP)で就労していた6,820人の作業者を対象に分析した。全死亡者1,674人中、147人が肺がんによる死亡であった。ロジスティック及び比例ハザードモデルを用いて分析した。 427.63mrem以上の外部被ばく線量及び就労期間が11.84年以上の作業者群に、肺がんリスクの上昇が認められ、肺がん死亡は、被ばく線量の増加及び就労期間に関係している。 肺がん死亡者は、ヒ素、ニッケル、その他の化学物質の取扱業務にも従事していた。人種、性、年齢を調整の上、低被ばく(427.63mrem以下)を比較基準として求めたオッズ比(OR)は、中被ばく(427.63―1096.25mrem)で1.30(95%CI:1.00―1.80)で、高被ばく(1097.25mrem以上)で1.12(95%CI:0.86―1.53)であった。就労期間を調整したオッズ比(OR)は、中期間就労者(3.5~11.8年)1.6(95%CI:0.7―3.2)、長期就労者(11.8年以上)1.9(95%CI:1.1―3.4)であった。 |
なし |
なし |
|
5 |
Gibbら |
2013 |
米国超ウラン・ウラン登録(USTUR)に登録されている労働者 |
コホート研究 |
【対象者数】 329人 |
ウラン及び超ウラン元素を取り扱う作業者について、特定死因死亡比(PMR)及び特定部位がん死亡比(PCMR)を算出した。アメリカの労働安全衛生生命表解析システム(Occupational Safety and Health Life Table Analysis System)のデータを標準データとした。気管、気管支、肺がんによる死亡は35人で、特定死因死亡比(PMR、1.16(95%CI:0.81―1.62))及び特定部位がん死亡比(PCMR、0.87(95%CI:0.60―1.18))ともに有意な増加傾向は認められなかった。 |
なし |
なし |
|
放射線診療を受けた患者を対象とした疫学調査
番号 |
報告者 |
報告年 |
対象 |
調査方法 |
対象者等 |
結果の概要 |
線量に関する情報 |
潜伏期間に関する情報 |
備考 |
6 |
Bhojaniら |
2010 |
前立腺がんの患者 |
医療保険データベースに基づくコホート研究 |
【対象者数】 17,845人 【追跡期間】 1983~2003年の間に原疾患の放射線治療あるいは根治的前立腺摘除術を受けた患者を対象 |
カナダケベック州の医療保険データベースを用い、根治的前立腺摘除術(対象8,455人)あるいは体外照射放射線治療(9,390人)を受けた前立腺がん患者について、原疾患の治療から60ヶ月(5年)以降に診断された二次がんを分析したところ、根治的前立腺摘除群に対する外照射放射線治療群の肺の二次がんハザード比は、2.0(p=0.004)となり有意であった。 |
なし |
なし |
|
7 |
Berrington de Gonzalezら |
2010 |
乳がん治療後、5年以上生存した女性患者 |
SEERデータベースに基づくコホート研究 |
【対象者数】 182,057人 【追跡期間】 1978~2005年まで追跡し、平均は13年 |
米国監視疫学遠隔調査データ(Surveillance Epidemiology and End Results Program、以下同じ。)を用いて、1973~2000年に乳がんと診断され、5年以上生存した182,057人の女性における二次がん症例について、放射線治療などとの関係を調査した。2005年末までに(追跡期間中央値13.0年)15,498人が二次がんを発症し、そのうち肺がんは外科療法と放射線療法をともに受けた群で814人、外科療法だけを受けた群に1,387人含まれていた。 放射線療法で1Gy以上の線量を受けた部位の群(肺を含む)では手術+放射線治療群の二次性肺がんに関する標準化罹患比(SIR)は1.21(p<0.05)と有意に増加した。また、同群の肺がんの相対リスク(RR)は1.38(95%CI:1.26―1.51)と有意に増加し、照射と同側の肺がんでは1.54(95%CI:1.36―1.75)と対側1.18(95%CI:1.02―1.35)に比べ有意に増加した。 |
1Gy以上の線量を受けた部位の群(肺を含む)では手術+放射線治療群の二次性肺がんに関するSIRは1.21(p<0.05)と有意に増加した。また、同群の肺がんのRRは1.38(95%CI:1.26―1.51)と有意に増加し、照射と同側の肺がんでは1.54(95%CI:1.36―1.75)と対側1.18(95%CI:1.02―1.35)に比べ有意に増加した。 |
なし |
|
8 |
Kaufmanら |
2008 |
放射線治療を受けた乳がん患者 |
腫瘍登録を用いたコホート内症例対照研究 |
【対象者数】 乳がん診断後に肺がんを発症した患者113人、二次がんを発症していない乳がん患者364人 【追跡期間】 1965~1989年 |
1965~1989年に診断され、米国コネチカット州腫瘍登録に登録された女性乳がん患者を対象に、コホート内症例対照研究が行われた。症例群は、乳がんの外科手術を受けた後に放射線治療を受けた患者で、診断から10年以上経過後に肺がんを発症した患者113人で、対照群は、年齢、乳がん診断年、生存期間を症例とマッチさせた患者364人とした。乳房切除後の放射線治療(PMRT)と喫煙が二次肺がんに与える影響が解析された。 喫煙及び飲酒の影響を調整した上で後の放射線治療が肺がんに与える影響を示すオッズ比は1.2(95%CI:0.8―2.0)となり、有意ではなかったが、乳がんと同側の肺がんに着目した場合、オッズ比は1.9(95%CI:1.1―3.4)で有意となった。 |
なし |
なし |
|
9 |
Bassalら |
2006 |
小児がん患者 (Childhood Cancer Survivor Study) |
コホート研究 |
【対象者数】 13,136人(1970~1986年の間に原発がんを発症) 【追跡期間】 2002年11月まで |
小児がん生存者研究(Childhood Cancer Survivor Study)の一環として、1970~1986年に21歳未満でがんと診断され(乳房、甲状腺、皮膚を除く)、5年間以上生存していた患者13,136人を対象に、米国の監視疫学遠隔調査データを用いてその後の悪性腫瘍を調べた。 二次性のがんが合計71人確認され(診断時年齢の中央値27歳、経過年数の中央値15年)、そのうち、肺がんは4人であった。二次性肺がんの4人はすべて放射線治療を受けており、その二次性肺がんはいずれも照射野のものであった。一般集団を基準とした肺がんの標準化罹患比(SIR)は3.1(95%CI:1.2―8.2)であったが、放射線治療を受けた患者に解析を限定した場合、肺がん標準化罹患比(SIR)は4.7(95%CI:1.8―12.5)となった。 |
なし |
なし |
|
10 |
Kawaguchiら |
2006 |
ステージⅢの非小細胞肺がんの患者 |
日本の参加施設のフォローアップ情報等を含むデータベースに基づくコホート研究 |
【対象者数】 62人(1985~1995年の間に化学放射線療法を受け、3年以上無疾患であった者) 【追跡期間】 3.1~12.2年(中央値6.2年) |
我が国での調査報告。国立病院肺がん研究グループが有するデータベースを用い、1985~1995年にステージⅢの非小細胞肺がんで化学放射線療法を受け、その後3年以上疾患を発症しなかった患者62人の情報を解析した。 原発性の二次がんである肺がんを発症したのは、2人で、治療からそれぞれ5.6年と7.9年であった。地域がん登録のデータを用いて期待数を計算し、観察数と期待数の比(O/E)を算出した場合、その比は全がんで2.8(95%CI:1.3―5.3)、肺がんで4.0(95%CI:0.4―7.2)などとなった。二次がんリスクは治療後の時間経過とともに有意に増加した(治療7年後以降では、5.2倍)。 |
なし |
なし |
|
膀胱がん・喉頭がん・肺がんと放射線被ばくに関する医学的知見に係る用語解説
○見出し語は欧文で始まるものはアルファベット順、和文は五十音順で配列。
○⇒は参照先を示す。
1 CI(信頼区間:Confidence Interval)
95%CI(または90%CI)などと表現され、統計学において、平均値、割合、比などの真の値が、その範囲に存在する可能性が高いと考えられる区間のことです。例えば、90%信頼区間が1.03―1.81であるとは、1.03―1.81の範囲に真の値がある可能性が高い(10回のうち9回は正しい)という意味になります。
2 Gy(グレイ)
放射線をある物質に当てた場合、その物質が吸収した放射線のエネルギー量を表す吸収線量の単位です。
3 MeSH(Medical Subject Headings)
米国国立医学図書館(NLM)が採用する統制語辞書。MeSHを使うことで、同じ概念が文献によって異なる用語で表現されていても、一貫性をもって検索することが可能になります。
4 Odds(オッズ) ※1)
ある事象が発生する確率の発生しない確率に対する比。例えば、100人の集団において、ある疾患を発症した者が20人であった場合、発症のオッズは0.2/(1-0.2)=0.25です。
5 p(p値:確率値:probability value)
調査や実験において、差や比として観察された結果が偶然に生じ得る確率のことで、一般的にp値が5%未満(p<0.05)であれば、その結果は偶然に生じたものではないと判断されます。例えば、被ばく集団のがん死亡率が非被ばく集団よりも高いときに、統計学的検定の結果、p値が0.02だったとすれば、そのような違いが偶然に生じる確率は2%しかないので、観察された違いは偶然によるものではない、すなわち被ばく集団のがん死亡率は非被ばく集団よりも「統計的に有意」に高いと判断されます。
6 PMRT(postmastectomy radiation therapy)
乳房切除後に、胸壁再発を予防するとともに二次的遠隔転移を予防することによる生存率の向上を図るために行う放射線治療のことです。
7 PubMed(パブメド)
米国立医学図書館が運営する文献検索サービスであり、医学分野で世界最大の文献データベース(MEDLINE)へアクセスできます。
8 rad(ラド)
Gy(グレイ)の旧単位 1Gy=100rad
9 rem(レム)
Svシーベルト)の旧単位 1Sv=100rem
10 SEER(Surveillance, Epidemiology, and End Results)
1971年に公布された米国がん法(National Cancer Act)により、がん対策に必要なデータを収集、分析、普及する仕組みとして、人口の10%程度をカバーする地域がん登録の連合体として発足したものです。SEERは、国立がん研究所(NCI)のプログラムです。
11 Sv(シーベルト) ※2)
放射線防護の目的に用いられている放射線量の単位。種々の放射線に被ばくした際、線量の合計は各放射線の物理的線量(単位はグレイ)にそれぞれの放射線の生物学的な影響の強さに対応する係数を掛けて合計します。ガンマ線の場合、係数は1なので1Sv=1Gyとなります。
12 TNM分類 ※3)
国際対がん連合(Unio Internationalis Contra Cancrum, UICC)による、がんの進行の程度を示す病期(ステージ)分類です。下記の3項目によって決められ、これらのT、N、M因子による表記の仕方です。
・がんがどこまで広がっているか(T)
・所属リンパ節への転移の程度(N)
・別の臓器への転移の有無(M)
(例)T1声門上がん…声門上部にとどまっているがんのことです
13 異型度 ※4)
ある細胞の形が正常な細胞とどのくらい異なっているかを示す度合いのことです。正常であれば同じような形の細胞が整然と並んでいますが、がん細胞やその前の段階の細胞は形がゆがんでいたり、細胞内の核が大きくなっていたりします。このような細胞の「顔つき」の違いを異型度と呼び、がん細胞の悪性度の目安としています。一般に腫瘍の悪性度(ふえやすさ、広がりやすさ)に関連しています。
14 イメージガイド下の小線源療法
放射線治療の方法の1つで、X線や超音波の画像で確認しながら、がんの部位に小さな放射線源を直接挿入するものです。例えば、前立腺がんに対しては、超音波の画像でがんの部位を確認しながら筒状の針を刺入し、その針を通し、放射線源を挿入します。
15 疫学調査
人の集団を対象とし、疾病の原因と思われる因子と疾病との関連を調べる調査。放射線被ばくと発がんとの関連については様々な疫学調査が行われていますが、性別・年齢・線量の多様性、データの信頼性という観点から、原爆被爆者を対象とした疫学調査が、特に重視されています。
16 オッズ比(OR, odds ratio)
異なる二つの条件に対して求めたオッズの比。放射線発がんについて言えば、放射線を被ばくした集団に対するオッズと、被ばくしていない集団に対するオッズの比として表されます。
17 過剰絶対リスク(EAR, Excess Absolute Risk) ※2)
放射線被ばく集団における疾病の発生率や死亡率から、放射線に被ばくしなかった集団における疾病の発生率や死亡率(自然リスク)を引いたものです。
18 過剰相対リスク(ERR, Excess Relative Risk) ※2)
相対リスクから調査対象となるリスク因子がなくても発生する部分(すなわち1)を引いたもので、相対リスクのうち、調査対象となるリスク因子による過剰な部分をいいます。
(過剰相対リスク=相対リスク―1)
19 観察数と期待数の比(O/E,Observed/Expected)
罹患の発症に関してO/Eが1より有意に大きければ、基準となる集団あるいは条件に比べて、発症のリスクが高いことを意味します。
20 原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR, United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation)
1950年代初頭に頻繁に行われた核実験による環境影響および人間への健康影響を世界的に調査するために、国際連合は1955年12月に、原子放射線の影響に関する国連科学委員会を設立しました。大気圏内核実験の縮小に伴い、同委員会は、調査対象を放射線に係わる人類と環境への重要事項すべてとし、国連総会に報告を行うとともに、適宜詳細な報告書を刊行しています。内容は、自然放射線、人工放射線、医療被ばくおよび職業被ばくからの線量評価、放射線の身体的・遺伝的影響とリスク推定に関する最新の情報を総括したものです。一連の報告書は、放射線被ばくとその影響に関する科学的知見をまとめたものとして、国際機関や各国政府の重要な情報源となっています。
21 光子(こうし) ※5)
光量子ともいい、量子論で光を粒子と考える場合の名称で、素粒子の一つです。光の振動数に相当したエネルギーと運動量を持つ粒子のように振る舞います。光が波と考えられた時代からその粒子性が解明される段階で、光子(光量子)と呼ばれるようになりました。
22 国際原子力機関 (IAEA, International Atomic Energy Agency)
1957年に発足した原子力の平和利用を進める国際連合(国連)傘下の国際機関です。安全対策では、原子炉施設に関する安全基準をはじめとする各種の国際的な安全基準・指針の作成及び普及に貢献しています。
23 国際放射線防護委員会(ICRP, International Commission on Radiological Protection) ※3)
専門家の立場から放射線防護に関する勧告を行う非営利、非政府の国際学術組織。国際放射線医学会議が1928年に設立した国際エックス線ラジウム防護委員会(IXRPC)が、1950年に改組・改称されたものです。ICRPは主委員会と5つの専門委員会(放射線の影響、放射線の線量、医療における放射線防護、委員会勧告の適用、環境の防護)からなります。ICRPが出す勧告は国際的に権威あるものとされ、国際原子力機関(IAEA)の安全基準や世界各国の放射線障害防止に関する法令の基礎とされています。
24 固形がん
胃がん、大腸がんなどのように、塊を作るがんの総称。固形がんではないもの、すなわち塊を作らないがんとして、白血病などの血液のがんがあります。
25 コホート内症例対照研究
コホート研究として追跡されている人々の中から、症例と対照を選定するタイプの症例対照研究。具体的には、コホートの中で着目する疾患などにかかった者を特定し、それらの者と性別や年齢などの条件が同じで、疾患にはかかっていない者をコホートから抽出して、ばく露要因などに差があるかどうかを遡って精査します。
26 子孫核種(しそんかくしゅ) ※5)
ある放射性核種が放射性壊変することによって新しく生成された核種、すなわち壊変生成物のことで、この壊変生成物を壊変前の核種の子孫核種といい、壊変前の核種を親核種といいます。
27 寿命調査(LSS, Life Span Study)
広島・長崎の原爆被爆者に対する放射線の影響を調べるために、(公財)放射線影響研究所が実施している追跡調査。1950年の国勢調査で広島・長崎に住んでいたことが確認された人の中から選ばれた約94,000人の被爆者と、約27,000人の非被爆者から成る約12万人の対象者を、その時点から生涯にわたって追跡調査しています。
28 線形モデル
統計学において、変数間の関係を式で表したものをモデルと呼び、ある変数(目的変数)が別の変数(説明変数)の一次式として表現される場合に、線形モデルと呼びます。
29 潜伏期間(潜伏期)
被ばくしてから身体に疾病などの影響が現れるまでの期間です。
30 線量反応(dose-response)
放射線の量(線量)によって、観察事象の発生(すなわち反応)がどのように変化するかを、数式やグラフなどで表したものです。放射線発がんに関する疫学調査では、通常、過剰相対リスクや過剰絶対リスクを反応の指標とします。
31 相対リスク(Relative Risk, RR) ※3)
ある健康影響について、非被ばく集団と比較して被ばく集団のリスクが何倍になっているかを表すもので、相対リスクが1であれば、放射線被ばくによってリスクが上昇していないことを意味します。このとき、過剰相対リスクはゼロとなります。
(相対リスク=被ばく群の発生率・死亡率/非被ばく群の発生率・死亡率)
32 対数線形モデル
統計モデルにおいて、対数をとった時に線形モデルとして表現される関係式のことです。
33 超ウラン元素
天然に存在する最も重い元素はウラン(原子番号92)までですが、原子核反応を利用してウランより大きな原子番号をもつ元素を人工的に作ることができます。この原子番号が93以上の元素を総称して超ウラン元素といいます。超ウラン元素は、ウランに中性子が吸収されたり、加速器によって原子核同士を衝突合体させると生成されます。原子力発電所の使用済み燃料にも多量に含まれています。
34 低LET放射線
電離放射線が物質中を通過する際、飛程の単位長さ当りに平均して失うエネルギーを線エネルギー付与(LET, Linear Energy Transfer)と呼び、LETが低い放射線を低LET放射線と呼びます。各種放射線の内、エックス線、ガンマ線は低LET放射線、アルファ線、中性子線、その他重荷電粒などは高LET放射線に分類されます。
35 ハザード比(hazard ratio)
疾病の発生や死亡といったイベントに着目したとき、ある時点でそのイベントが発生する確率をハザードと呼びます。イベントの起こりやすさを、二つのグループ(例えば、放射線を被ばくした集団と被ばくしていない集団)の間で比較するために、ハザードの比をとったものがハザード比です。
36 比例ハザードモデル
疾病の発生や死亡といったイベントに着目した解析において、特定の因子がある場合とない場合のハザード比が、時間に関係なく一定であるとするモデル。様々な因子がイベントの発生に関係する場合に、それぞれの因子の作用を個別に評価するために用いられます。
37 標準化罹患比(SIR, Standardized Incidence Ratio)
疫学調査において、二つの集団における疾病の発生の頻度を比較するとき、年齢、性別等頻度に強く影響を与える因子については、あらかじめ分布を揃えておく必要があります。標準化罹患比は年齢構成に着目して、ある集団にあてはめて基準集団における罹患率と比較するために用いられます。標準化罹患比の計算は次のように行います。
(1) 当該集団の年齢層の区分けを基準集団に合わせ、各年齢層の人口を算出する。
(2) それぞれの年齢層の人口に、基準集団の対応する罹患率をかけて年齢層ごとの期待罹患数を算出し合計値を計算する。
(3) 期待罹患数に対する実測罹患数の比が「標準化罹患比」となる。
38 芳香族アミン
ベンゼンその他の芳香族炭化水素の誘導体とみなされるアミンをいいます。(ベンジジンを含みます。)
39 メタアナリシス
個別の調査では十分な検出力が得られないときに、独立に行われた複数の調査の結果を統合して解析する手法です。
40 陽子線
陽子は水素の原子核で、プラスの電荷を帯びています。電気の力で陽子を加速したものが陽子線です。
41 累積罹患率(るいせきりかんりつ)
ある年齢までにある病気と診断される確率(ただし、その病気と診断されるまでは死なないという仮定のもとでの確率)。例えば、0~64歳累積罹患率とは、64歳までに、その病気と診断される確率として用いられます。
42 ロジスティック回帰分析
特定の疾患などの発生に、どのような因子が関係するかを調べるための分析手法の一つで、それぞれの因子がリスクをどの程度高めるかを、オッズ比で表すことができます。
※1):William Anton Oleckno. “用語集”.しっかり学ぶ基礎からの疫学―Basic Learning and Training―”.東京,株式会社南山堂,2012年,p. 324
※2):公益財団法人放射線影響研究所 放射線影響研究所用語集より抜粋改編
(http://www.rerf.or.jp/glossary/index.html)
※3):国際対がん連合(Unio Internationalis Contra Cancrum, UICC)より抜粋改変
(http://www.uicc.org/resources/tnm)
※4):独立行政法人国立がん研究センターがん対策情報センター がん情報サービス
(http://ganjoho.jp/public/index.html)
※5):原子力百科事典ATOMICAより抜粋改編
(http://www.rist.or.jp/atomica/)