◆トップページに移動 │ ★目次のページに移動 │ ※文字列検索は Ctrl+Fキー
国が行う化学物質等による労働者の健康障害防止に係るリスク評価実施要領の策定について
平成18年5月11日基安発第0511001号
(都道府県労働局長あて厚生労働省労働基準局安全衛生部長通知)
事業場では多くの種類の化学物質等が取り扱われており、かつ、これらの作業も多岐にわたっているものの、これらすべてについて自主的な化学物質管理が十分に行われているとは言い難い状況にあり、事業者が、有害性がある化学物質等のガス、蒸気又は粉じんにばく露するおそれのある作業に労働者を従事させる場合に適切な健康障害防止措置がとられるようにする必要がある。
このため、今般、新たに設けられた有害物ばく露作業報告(労働安全衛生規則第95条の6)を活用しつつ国が化学物質等に係るリスクの評価を行うこととし、昨年5月に労働者の健康障害防止に係るリスク評価検討会においてとりまとめられた報告書を踏まえ、別添のとおり「国が行う化学物質等による労働者の健康障害防止に係るリスク評価実施要領」を策定したところである。
今後は本要領を基本として、順次化学物質等のリスクの評価を行うこととするので了知されたい。
別添
国が行う化学物質等による労働者の健康障害防止に係るリスク評価実施要領
第1 趣旨等
1 趣旨
本実施要領は、化学物質等による労働者の健康障害の防止対策を効果的に推進するため、化学物質等の有害性及び労働者の当該化学物質等へのばく露状況から、健康障害の発生のおそれの高い作業に係るリスクの評価を行う方法等についてとりまとめたものである。
2 用語の定義
本実施要領における用語の定義は以下のとおりである。
(1) 量―反応関係(dose―respons)
化学物質等が生体に作用した量又は濃度と、当該化学物質等にばく露された集団内で、一定の健康への影響を示す個体の割合
(2) ばく露限界(limit of exposure)
量―反応関係等から導かれる、ほとんどすべての労働者が連日繰り返しばく露されても健康に影響を受けないと考えられている濃度又は量の閾(いき)値
日本産業衛生学会の提案している許容濃度及び米国産業衛生専門家会議が勧告している時間荷重平均で評価した場合の時間荷重平均濃度が含まれる。
(3) ばく露レベル(exposure level)
化学物質等を発散する作業場内の労働者が呼吸する空気中の化学物質等の濃度
(4) 無毒性量(NOAEL;No Observed Adverse Effect Level)
毒性試験において有害な影響が認められなかった最高のばく露量
(5) 最小毒性量(LOAEL;Lowest Observed Adverse Effect Level)
毒性試験において有害な影響が認められた最低のばく露量
(6) 無影響量(NOEL;No Observed Effect Level)
毒性試験において影響が認められなかった最高のばく露量
(7) 最小影響量(LOEL;Lowest Observed Effect Level)
毒性試験において何らかの影響が認められた最低のばく露量
(8) 半数致死量(LD50;Lethal Dose 50)
1回の投与で1群の実験動物の50%を死亡させると予想される投与量
(9) 半数致死濃度(LC50;Lethal Concentration 50)
短時間の吸入ばく露(通常1時間から4時間)で1群の実験動物の50%を死亡させると予想される濃度
(10) MOE;Margin of Exposure
ばく露レベルが人の無毒性量等(無毒性量、最小毒性量、無影響量及び最小影響量をいう。以下同じ。)に対してどれだけ離れているかを示す係数で、第2の4の(2)のアの(イ)に掲げるところにより算出する。
3 リスクの評価の概要
化学物質等の有害性の種類及びその程度、当該化学物質等への労働者のばく露レベル等に応じて労働者に生じるおそれのある健康障害の可能性及びその程度の判断(以下「リスクの評価」という。)は、以下により行う。
(1) 有害性の種類及びその程度の把握
リスクの評価の対象とする化学物質等(以下「対象物質等」という。)の有害性の種類及びその程度を、信頼できる主要な文献(以下「主要文献」という。)から把握する。
また、必要に応じて、国際連合から勧告として公表された「化学品の分類及び表示に関する世界調和システム」(以下「GHS」という。)で示される有害性に係るクラス(有害性の種類)及び区分(有害性の程度)を把握する。
(2) 量―反応関係等の把握
主要文献から対象物質等に係る量―反応関係、ばく露限界等を把握する。
(3) ばく露状況の把握
労働安全衛生規則(昭和47年労働省令第32号)第95条の6の有害物ばく露作業報告(以下「ばく露作業報告」という。)等から、ばく露作業報告対象物を製造し、又は取り扱う作業(以下「取扱い作業等」という。)のうち、リスクが高いと推定されるものを把握する。
さらに、取扱い作業等のうちリスクが高いと推定されるものが行われている事業場において、作業環境の測定、個人ばく露濃度の測定等(以下「作業環境の測定等」という。)を行い、対象物質等に係るばく露レベルを把握する。
(4) リスクの判定
ばく露レベルとばく露限界又は無毒性量等との比較によりリスクを判定する。
4 留意事項
(1) 不確実性
リスクの評価においては、有害性又はばく露に関するデータには様々な要因に起因する不確実性が存在することを考慮するものとする。
(2) 科学的評価
リスクの評価を実施するに当たっては、科学的知見に基づいて実施することが重要である。また、専門的に検討すべき事項を多く含むことから、必要に応じて学識経験者の意見を聴くものとする。
第2 リスクの評価の実施方法
1 有害性の種類及びその程度の把握
主要文献から、対象物質等の有害性の種類及びその程度を把握する。
把握する有害性の種類は、急性毒性、皮膚腐食性・刺激性、眼に対する重篤な損傷性・刺激性、呼吸器感作性又は皮膚感作性、生殖細胞変異原性、発がん性、生殖毒性及び臓器毒性・全身毒性とする。
2 量―反応関係等の把握
ばく露限界、無毒性量等又はGHSで示される有害性に係る区分等を把握する。
(1) 臓器毒性・全身毒性又は生殖毒性
臓器毒性・全身毒性又は生殖毒性の有無及びばく露限界又は無毒性量等について把握する。
ア ばく露限界がある場合
ばく露限界を把握する。
イ ばく露限界がない場合
次により無毒性量等を把握する。
(ア) 無毒性量等の選択
主要文献から得られた無毒性量等のうち、最も信頼性のある値を評価に用いるものとして採用する。
なお、信頼性に差がなく値の異なる複数の無毒性量等が得られた場合には、その中での最小値を採用するものとする。
(イ) 無毒性量等の値の経口から吸入への変換
人又は動物実験における吸入による無毒性量等で、信頼できるものが得られる場合には、それを採用するものとし、吸入による無毒性量等を得ることができず、経口による無毒性量等(mg/kg/day)から吸入による無毒性量等(mg/m3)へ変換する必要がある場合には、次の換算式により、呼吸量10m3/8時間、体重60キログラムとして計算するものとする。
吸入による無毒性量等=経口による無毒性量等×体重/呼吸量
(ウ) 不確実係数
無毒性量等が動物実験から得られたものである場合、実験期間・観察期間が不十分な情報から得られた場合又は無毒性量若しくは無影響量を得ることができず適当な最小毒性量若しくは最小影響量が得られた場合の不確実係数は10とするものとする。
なお、無毒性量等が動物実験から得られたものである場合には、当該実験におけるばく露期間、ばく露時間等の条件に応じて、当該無毒性量等の値を労働によるばく露に対応させるための補正を行うものとする。
(2) 急性毒性
GHSで示された急性毒性に係る区分、半数致死量又は半数致死濃度の値及び蒸気圧等のばく露に関係する物理化学的性状について把握する。
(3) 皮膚腐食性・刺激性又は眼に対する重篤な損傷性・刺激性
皮膚に対する不可逆的な損傷の発生若しくは可逆的な刺激性又は眼に対する重篤な損傷の発生若しくは刺激性の有無について把握する。
(4) 呼吸器感作性又は皮膚感作性
吸入の後に気道過敏症を誘発する性質又は当該物質との皮膚接触の後でアレルギー反応を誘発する性質の有無について把握する。
(5) 生殖細胞変異原性
人の生殖細胞に遺伝する可能性のある突然変異を誘発する可能性を把握する。
(6) 発がん性
発がん性の有無及び当該発がん性に閾(いき)値がないと考えられている場合には必要に応じてがんの過剰発生率を、閾(いき)値がないと考えられている場合以外の場合には無毒性量等を把握する。
(7) データの信頼性の検討
有害性に係るデータについて、動物実験から得られたものと人から得られたものがある場合には、原則として人のデータを優先して用いるものとする。
また、動物実験に基づくデータを使用する場合には、そのデータの信頼性について十分検討するものとする。
3 ばく露状況の把握
(1) ばく露によるリスクが高いと推定される作業の把握
ばく露作業報告から、次の手順によりばく露によるリスクが高いと推定される取扱い作業等を把握する。
ア 取扱い作業等を作業の種類別に分類し、作業に従事する労働者数、作業ごとの換気設備の設置状況、作業を行っている事業場数等を把握する。
イ アにおいて分類した作業を、換気設備の設置状況、化学物質等の性状、取扱い時の化学物質等の温度、作業時間等を考慮して、想定されるばく露のレベルに応じて分類し、労働者のばく露のレベルが高いと想定される作業を選定する。
なお、ばく露のレベルが高いと想定される作業については、必要に応じて既存のばく露に係るデータ、ばく露のレベルを推定するモデル等を活用して、当該作業に係るばく露レベルを推定する。
ウ イにおいて選定した作業の中から、推定ばく露レベル、従事労働者数、用途、製造量及び消費量、物質の性状等を勘案し、ばく露によるリスクが高いと推定される作業を把握する。
(2) 作業環境の測定等の実施
ばく露レベルの把握のための作業環境の測定等は、次の手順により実施する。
ア リスクが高いと推定される作業が行われている事業場の中から、原則として無作為に作業環境の測定等を実施する事業場を抽出する。なお、選定に当たっては、統計的な有意性が確保されるようにするものとする。
イ 対象とした事業場の作業の実態を調査するとともに、リスクが高いと推定される作業に係る作業環境の測定等を実施する。
なお、作業環境の測定は、作業環境測定基準(昭和51年労働省告示第46号)におけるA測定及びB測定に準じた方法によるものとし、個人ばく露濃度の測定を行う場合には、ばく露レベルの値を適切に把握できる測定方法を用いるものとする。
(3) ばく露レベルの把握等
ア ばく露レベルの把握
作業環境の測定等から得られたデータを検討・分析し、統計的な有意性に配慮してばく露レベルを把握する。
イ ばく露レベルの推定
作業環境の測定等からばく露レベルを把握することができない場合には、次のような既存のばく露に関するデータを活用して、ばく露レベルを推定する。
なお、作業環境の測定等からばく露レベルを把握することができない場合で、既存のばく露に関するデータの活用が困難な場合には、ばく露を推定するモデルを利用するものとする。
(ア) 対象物質等の取扱い作業等に関する文献、災害事例等から把握したばく露レベルに関するデータ
(イ) 作業内容や物理化学的性状が類似した化学物質等の取扱い作業等についてのばく露レベルに関するデータ
(ウ) 一般環境について関連するデータがある場合には、当該データ
4 リスクの判定
(1) 判定の概要
ア 発がん性以外の有害性に係るリスクの判定は、原則として、作業に従事する労働者のばく露レベルと、ばく露限界又は人に対する無毒性量等を定量的に比較することにより行う。
なお、ばく露限界又は人に対する無毒性量等が存在する場合には、当該値を優先的に用い、これらの値が存在しない場合には、動物実験等から得られた値から推定した値を用いる。
イ 発がん性については、閾(いき)値がないと考えられている場合とそれ以外の場合とに分けてリスクを判定する。
ウ リスクの判定は判定基準に従い、詳細な検討を行う対象等を把握する。
(2) 判定の方法
ア 発がん性以外の有害性に係る判定の方法
(ア) ばく露限界を把握できる場合
ばく露限界とばく露レベルを比較することにより行う。
(イ) ばく露限界を把握できないが、無毒性量等を把握できる場合
人に対する無毒性量等とばく露レベルを比較することにより行うものとし、次の式によりMOEを算定する。
MOE=人に対する無毒性量等/ばく露レベル
MOEの算定は、作業環境測定基準におけるA測定若しくはB測定又は個人ばく露濃度の測定から算出したばく露レベルを用いて行うものとする。
なお、無毒性量等が動物実験から得られたものである場合は、不確実係数で除し、第2の2の(1)のイの(ウ)に掲げるところにより補正した値をMOEの算定に用いるものとする。
イ 発がん性に係る判定の方法
発がん性に係るリスクの評価においては、発がん性に関する閾(いき)値の有無を判別する手法として、国際的に統一された標準的な手法は確立されておらず、また、閾(いき)値がある前提のもとで評価を行う場合でも、評価方法の詳細については国により異なる手法が用いられていることから、リスクの評価においては、情報収集を行って得られた評価手法をすべて活用することとする。
(ア) 閾(いき)値がないと考えられている場合
国際機関等において得られた信頼性の高いユニットリスク(1μg/m3の物質に生涯ばく露した時のがんの過剰に発生する確率をいう。以下同じ。)が得られる場合にはこれを用い、次の式によってがんの過剰発生率を計算する。
がんの過剰発生率=ユニットリスク(μg/m3)-1×ばく露レベル(μg/m3)
(イ) 上記(ア)以外の場合
腫瘍発生に係る無毒性量等に関する主要文献から得られた知見を基に、発がん作用の閾(いき)値を設定し、当該値とばく露レベルとの比により判定する。
(3) 判定基準
リスクの判定の基準は次のとおりとする。
ア 発がん性以外の有害性についての基準
(ア) ばく露限界を把握できる場合
a ばく露レベルがばく露限界より大きいか又は等しい場合には、詳細な検討を行う対象とする。
b ばく露レベルがばく露限界より小さい場合には、判定の時点では原則として検討は必要ないと判定する。
(イ) ばく露限界を把握できないが、無毒性量等を把握できる場合
算出したMOEについて、次により判定するものとする。
a MOE
1の場合には、詳細な検討を行う対象とする。
b 1<MOE
5の場合には、今後とも情報収集に努める。
c MOE>5の場合には、判定の時点では原則として検討は必要ないと判定する。
(ウ) ばく露限界及び無毒性量等を把握できない場合
判定の時点では原則として定量的なリスクの判定はできないことから、リスクの総合的な判断を行う対象とする。
イ 発がん性についての基準
(ア) 閾(いき)値がないと考えられている場合
a がんの過剰発生率が算定できる場合には、当該値が概ね1×10-4を目安とし、これより大きい場合には、詳細な検討を行う対象とする。
b がんの過剰発生率が算定できない場合には、判定の時点では原則として定量的なリスクの判定はできないことから、リスクの総合的な判断を行う対象とする。
(イ) 上記(ア)以外の場合
アの(イ)の場合と同様とする。
5 判定結果の詳細な検討等
(1) 4の(3)のアの(ア)のa及び(イ)のa並びにイの(ア)のaの場合には、作業環境の測定等の結果やばく露限界値等のリスクを判定する根拠となった有害性のデータについて再確認のうえ、学識経験者の意見を聴き、リスクの判定結果の詳細な検討を行うものとする。
(2) 4の(3)のアの(ウ)及びイの(ア)のbの場合には、物理化学的性状、有害性、ばく露状況、ばく露労働者数等を勘案し、学識経験者の意見を聴き当該作業に係るリスクの総合的な判断を行う。
(3) (1)及び(2)以外の場合におけるリスクの判定結果についても、学識経験者の意見を聴くものとする。
(4) (1)から(3)までの結果は、原則として公開とするものとする。
第3 健康障害防止のための措置等
第2の5の詳細な検討等の結果健康障害の発生のおそれがある作業については、そのリスクの程度に応じて必要な健康障害防止のための措置の内容を検討するものとする。
なお、健康障害防止のための措置の内容の検討に当たっては、ばく露限界やGHSによる有害性の区分等の有害性に関すること、リスクの判定結果の根拠、用途の多様性や取り扱われる範囲、健康障害の発生状況、労働衛生工学的対策によるリスク低減の可能性、社会的有用性、代替品の有無等の事項を勘案するものとする。